早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 広間には貴嶋とファントムの二人だけになる。

『会うのは1年振りでもそんな気がしないのは、いつもテレビで観ているからかな。君の出演作は欠かさず観ているよ』
『それは光栄です。冬には舞台をやりますのでご招待します。ぜひクイーンとご一緒に』
『ああ。行かせてもらうよ』

 広間に莉央とスパイダーが戻ってきた。莉央はトレーに載せたチーズとドライフルーツを、スパイダーが四人分のワイングラスを運んでくる。
四人のグラスにワインが注がれた。

『そういえば……あの早河とか言う探偵の存在を僕に黙っていたなんて、キングも人が悪いですね』
『ははっ。早河くんか。なかなか面白い男だろう?』
『キングは僕の計画に早河探偵が絡んでくることまでお見通しだったんですか?』

 貴嶋は悠然とチーズを口に入れた。どんな時でも彼は自分のペースを崩さない。
主な会話をしているのは貴嶋とファントム、莉央とスパイダーはワインの味を堪能していた。

『いくつかのパターンをシミュレーションした結果、本庄玲夏が早河くんを頼るパターンも考えてはいたよ。誤解しないでもらいたいが、君の崇高なシナリオの邪魔をするつもりはなかった』
『それはわかっています。僕としても今回は駄作でした。クリスティーヌがミスキャストでしたので』

 貴嶋の隣で微笑する莉央にファントムの視線が移る。ファントムの莉央を見つめる眼差しの意味に貴嶋は気付いているのか、いないのか。

『クイーンのような完璧な女性が側にいてキングが羨ましいですよ。僕も早く僕だけのクリスティーヌを見つけ出さなければいけませんね。カオスのファントムの名に釣り合うクリスティーヌを』
『クリスティーヌか。しかしファントムとは君の“本職”を考えてもこれ以上に相応しい名前はないね』
『オペラ座の怪人ですからね。今回のシナリオ、クリスティーヌ以外の配役は悪くなかったんです。僕のシナリオを台無しにした栄誉を讃えて早河探偵には助演男優賞を差し上げたいですね』

 犯罪組織カオスのファントム、黒崎来人は形のいい唇を上げて妖しく微笑んだ。



早河シリーズ 第四幕 紫陽花 END
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