早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 時刻は午前8時を過ぎた。新横浜を過ぎてノンストップで走っていた新幹線が間もなく名古屋駅に着く。
撮影チームで貸し切り同然の16号車の車内は静かだった。

「あら、乃愛ちゃん。またいちごサンド? 本当に苺好きよね」

 結衣が乃愛に話しかけている。乃愛はボリュームのあるサンドイッチの包みを嬉しそうに開けていた。

「今日はクリームたっぷりのスペシャルいちごサンド。これ、とっても美味しいですよ」

彼女は生クリームといちごが詰まったサンドイッチを笑顔で頬張っている。

 ◆沢木乃愛、19歳。本名同じ。

所属事務所は玲夏や蓮と同じエスポワール。
17歳で出場した美少女コンテストでグランプリを受賞し、芸能界デビュー。

ふんわりした雰囲気と愛らしい笑顔でファンからは“癒しの天使”と名付けられている人気上昇中の新人女優だ。
乃愛は嫌がらせの容疑者リストには入っていない。

【黎明の雨】では柚希(本庄玲夏)の妹の白峰若菜役。


「いちごミルクの飴もあるんです。よかったらお二人もどうぞ」

 乃愛がピンク色のポーチからいちごミルクの飴を出して結衣となぎさに手渡した。結衣がポーチを指差す。

「そのポーチ、玲夏と色違いよね」
「はいっ! 玲夏さんの持っている物が素敵で、同じものを……」
「玲夏は乃愛ちゃんの憧れだもんね」
「はい。女優としても女性としても玲夏さんみたいな人になりたいです」

 彼女が癒しの天使と言われる理由がわかる。芸能人なのに気取らず、気配りもできる乃愛の人柄に好感が持てた。

 なぎさは乃愛から貰った飴を口に入れ、今後のスケジュール確認をしようと足元のハンドバッグに手を伸ばす。手帳だけを取り出してバッグを戻す時に、通路を挟んだ斜め前の座席にいる一ノ瀬蓮がこちらを見ていた。

蓮と目が合ったが、彼はすぐになぎさから目をそらして前を向いてしまった。

(一ノ瀬さんどうしたんだろう?)

 新大阪を過ぎた新幹線は午前9時17分に新神戸駅のホームに到着する。
今日の神戸の天気予報は曇りのち雨。生暖かく湿った風がなぎさの頬をかすめた。
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