早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 ニッと口元を上げた蓮はなぎさの頭に手を置いて二度撫でた。

『ごめんね。あまりにも君が危なっかしくて。すぐ人に騙されそうだからちょっとお灸据えておこうと思ってね』

 それは早河にもたびたび指摘される点だ。早河だけではなく、亡くなった兄にも幼少期の頃から騙されやすい、危なっかしいと何度も注意を受けてきた。

早河の助手になる前よりは人間的に成長できていると思いたいが、周りから見ればまだまだ頼りなげに見えるだろう。

『ここからが本題。乃愛には気を付けろよ』
「どうしてですか?」
『これは俺の勘だけど、乃愛は玲夏を嫌ってる』
「玲夏さんを? でも新幹線で乃愛ちゃんとお話した時には、乃愛ちゃんは玲夏さんに憧れているって言っていましたよ。玲夏さんと色違いのポーチも嬉しそうに持っていました」

 憧れの玲夏と同じドラマに出演できて嬉しいと乃愛は笑顔で語っていた。彼女が玲夏を嫌っているようには見えなかった。

蓮は肩をすくめた。笑顔を封印した彼はまた無表情だ。

『玲夏に憧れているのは本当だろう。だからこそ、乃愛は玲夏の真似をしたがる。ポーチだけじゃない。アイツは玲夏の持ち物はなんでもお揃いにしたがるんだ。あと、乃愛の演技を見ればわかるが、セリフの言い回しや表情の使い方も玲夏の演技を真似てる』

(演技って言われても……。プロが見るとそう見えるのかなぁ)

「玲夏さんの演技を参考にしてるからでは……。むしろそうやって玲夏さんを真似るのは彼女を慕っているように思えますよ?」
『最初は純粋に玲夏を慕っていても、それが悪意ある方に変わったら?』
「悪意ある方?」
『玲夏の真似をする乃愛は俺が欲しいんだよ』

 なぎさの脳内では壮大な人物相関図が描かれ、一ノ瀬蓮と本庄玲夏と沢木乃愛が線で結ばれる。

「えーっと……一ノ瀬さんと玲夏さんってもしかして、付き合ってたりします?」
『その解釈は残念ながらハズレ。けど、俺の側には玲夏がいて、玲夏の側には俺がいる。乃愛は何を勘違いしたか知らないが、玲夏を真似るために俺を手に入れたいらしい。俺を手に入れれば玲夏になれるとでも思ったのかもな』

まだなぎさの頭には謎がうろついている。情報過多でついていけない。

『別に自意識過剰で言ってるんじゃないからな。最近になって乃愛は玲夏を真似るためではなく本気で俺に惚れてきた』
「あの、私の中で微妙な三角関係が出来上がっているんですが……。乃愛ちゃんは最初は玲夏さんを真似るために一ノ瀬さんに接近したのに今は一ノ瀬さんに本気で恋をしちゃったってことでOKですか?」
『OK、OK。俺は乃愛とは付き合う気はないからずっとはぐらかし続けてるんだ。でも乃愛は俺が乃愛と付き合わないのは玲夏のせいだと思ってる』

 蓮はなぎさの隣に並び、壁に背をつけた。綺麗に整った横顔から見える長い睫毛、よく笑う口元は閉じていても形がいい。
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