早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 見た目だけではなく蓮は性格も優しく、彼を好きになってしまう女の子の気持ちはわかる。
なぎさもファンとしてなら芸能人では一ノ瀬蓮が断トツで好きだ。蓮が過去に出した写真集はすべて保有しているとは、本人を前にしては言えないが。

『乃愛は表面上はふわふわとして可愛いけど本当は思い込みが強くて自分が一番じゃないと気が済まない、根は速水杏里とタイプが似てる。だから乃愛の上辺に騙されるなよ』
「はぁ……。乃愛ちゃんが玲夏さんを嫌ってるって言うのも、そういうことなんですね」
『まぁ全部俺のせいなんだよな』

今度の彼の溜息は何に向けての溜息だろう?

「失礼を承知でお聞きしますが、一ノ瀬さんが乃愛ちゃんを拒むのは何故ですか? 確かに好みはありますし、好意を寄せてもらっても付き合えない場合はありますけど……」

 蓮は間を置いて天井を見上げた。憂いを含んだ横顔が切なく映る。聞いてはいけないことだった気がして後悔した。

「ごめんなさい、立ち入ったことを……」
『好きな女がいるんだ。だから乃愛とは付き合えない。乃愛が本気なら余計にね。納得いく理由だろ?』

哀しげな微笑を浮かべる彼のこの顔は演技ではない。何故か胸が痛くなる。

『それと、社長の話では今夜から助っ人が来るってさ。潜入調査も少しは楽になるかもな』
「助っ人? 私はそんな話は聞いていませんが……」
『なぎさちゃんの上司ってよっぽど心配性なんだな。あ、過保護とも言うか』

哀しげな笑みは消え去り、今では見慣れた調子のいい蓮の笑顔が眩しい。表情がコロコロと変わる男だ。

『そういうことだから。またねー』

 嵐が去った後のような静かな部屋で、なぎさは呆然と立ち尽くしていた。
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