早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 午後3時の神戸。曇天の空の下でもドラマの撮影は順調に進んでいた。

『神戸は街も人も洒落ていて個性的だよね。撮影で色々な場所に行くけど街それぞれに顔があって色があるんだ』

 なぎさに熱弁を振るうのは俳優の加賀見泰彦。年齢から来る落ち着いた物腰とはずいぶんとかけ離れて、加賀見はお喋りな男だった。

自分の出番がない待ち時間に彼はくどくどとなぎさに話しかけてくる。加賀見のお喋りには閉口気味だが、これは彼を探るいい機会でもあった。

容疑者リスト④ 加賀見泰彦
40歳、本名同じ。

16歳で俳優デビュー。日本アカデミー賞など多くの賞を受賞してきた実力派。
バツイチ。3年前に一般女性の妻と離婚。

【黎明の雨】では柚希(本庄玲夏)と若菜(沢木乃愛)の叔父の白峰誠役。


~加賀見泰彦が容疑者になる理由~

・半年前まで玲夏と交際していたが、加賀見の浮気で破局
・加賀見所属の芸能プロダクション〈アンファング〉社長がライバル事務所〈エスポワール〉の看板役者の本庄玲夏と一ノ瀬蓮を引き抜こうとする動きがある

玲夏に未練あり?
所属事務所の社長と結託して玲夏と蓮を引き抜くためにエスポワールに嫌がらせをしている?


(ダメだ、私の頭の人物相関図がパンクしている。なんなのよこの現場……昼ドラじゃないんだからっ! しかし加賀見泰彦ってお喋りだなぁ)

 玲夏と蓮と乃愛の奇妙な三角関係から、玲夏と加賀見の関係まで、玲夏に向けられる好意、悪意の矢印の把握に忙しい。

なぎさは愛想笑いを浮かべて、このお喋り好きなベテラン俳優の話に相槌を打つ。そろそろ探りを入れてもいい頃合いだ。

「加賀見さんは所属事務所の副社長も務めていらっしゃるんですよね」
『よく知ってるね。昔馴染みの劇団関係の奴が独立して事務所立ち上げたものだから、そっちに移籍したんだ。共同経営みたいなものだね』

(その昔馴染みがアンファング社長か……)

「事務所に所属する役者の演技指導もされていると噂でお聞きしました」
『ははっ。大手に比べればまだうちは小さな事務所で二流三流役者しかいない。次世代の人材を育てて、いつかうちの看板を背負える役者になってもらいたいと思ってねぇ。本格的に俳優養成所でも作ろうと考えているんだ』

 撮影を見守りながら芝居を語る加賀見は経験豊富な教育者に見えた。加賀見の芝居への愛が伝わってくる。

(俳優養成所まで考えてる人が、今さら玲夏さんや一ノ瀬さんを引き抜くために嫌がらせ工作なんてする? いやいや、あっちはアンファング社長の独断かもしれない。それに加賀見泰彦は玲夏さんの元カレで、そっちの線で怪しくもある)

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