早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 ここまでの手応えとしては加賀見はまだグレーゾーンだ。

『秋山さんはどうして本庄さんの付き人になったの?』
「玲夏さんのマネージャーの山本さんの紹介で……」

 用意している台本通りのセリフを言った。プロの役者に自分の演技が通用するかはわからないが、元演劇部の腕の見せ所だ。

『付き人に志願する人は大抵が役者志望が多いけど君も役者志望?』
「はい。女優を目指しています。だけど玲夏さんや皆さんを見ていると私にはとてもできないと思えて、自信をなくしています」

わざとしょんぼりとした表情を作り、加賀見の反応を見る。

『秋山さんは美人でスタイルもいい、女優よりはまずモデルとして活動するのも悪くはないよ。良ければ俺の事務所に入ってみる?』

加賀見の目の色が変わり、声のトーンも明らかに甘いものに変化した。

「加賀見さんの事務所にですか?」
『俺の事務所に入って、モデルやタレント活動しながら俺が直接演技指導してあげるよ。どうかな、撮影が終わった後にゆっくりその話を……』
「加賀見さん。彼女は本庄さんの付き人よ。話があるのならまずは本庄さんか本庄さんのマネージャーに話を通すのが礼儀でしょう。変な誘惑で若い子を間違った方向に引きずらないでくださる?」

 後方から香月真由の鋭い声が飛んで来た。加賀見は調子よく笑ってなぎさと距離をとる。

『酷いなぁ、香月さん。俺はただ秋山さんが女優として花開く手助けがしたいだけだよ』
「そう言ってあなたに摘み取られて蕾のまま消えた新人がどれだけいると思ってるの?」

真由の冷たい眼差しにたじろいだ加賀見は言い訳がましく詫びてその場を去った。

「香月さん、ありがとうございました」

 なぎさは真由に礼を言う。加賀見との話が意図しない方向にズレてきてどう切り返せばいいか困っていたところに、真由の一声で助けられた。
真由は西森結衣にメイクを直してもらっている。

「いいのよ。加賀見さんはいい歳して、いつまでもチャラチャラと女遊びしてるから奥さんに愛想つかされるのよ。この現場にはうんざりするほど女好きが集まってるのよね。秋山さんも気を付けてね」
「はい。あの、加賀見さんと玲夏さんが前にお付き合いをされていたと聞きましたけど……」
「そうみたいね。だけど……ねぇ、結衣ちゃん。あれは加賀見さんの片想いだったのよね?」

話を振られた結衣は苦笑いして頷いた。彼女はチークブラシを真由の頬に滑らせる。

「ええ。加賀見さんが玲夏にお熱で、玲夏は全然その気じゃなかったんです。でもいい加減にしつこいから玲夏が折れて試しに何度か食事には付き合ってあげていたんですけど、加賀見さんの浮気が発覚してサヨナラ」
「あの人の女好きと浮気癖はもう病気ね。好みの子がいるとあっちへフラフラ、こっちへフラフラ、一生治らない重病だわ」

 真由の言葉に感じた違和感の正体になぎさは気付いた。

(香月さんが加賀見さんを“あの人”って呼ぶのって、もしかして香月さんと加賀見さんは……)

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