早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 給湯室でお茶の準備をしている間、なぎさは女の素性について考えた。
色の濃いサングラスのせいで女の顔立ちや年齢ははっきりとはわからないが、落ち着いた所作や雰囲気から二十代後半から三十代前半くらいだろうか。

女性の服装はゆったりとしたグレーのサマーニットに細身のジーンズ、バッグは入手困難と噂のハイブランドの新作。ダークブラウンのロングヘアーも艶やかで手入れが行き届いている。

(何者だろう。どこかのお嬢様かセレブ奥様?)

 容姿以上に気になるのはあの女が醸し出す雰囲気。凡人とは違う華やかさのある独特のオーラを纏っている。

(ただの一般庶民ではなさそう)

なぎさが紅茶を持っていくと、女性は礼を言ってティーカップに口をつけた。彼女はまだサングラスを外さない。

(やっぱり変。室内でもサングラスを外さないなんて顔を見られたくないってこと?それにこんな雨の日にサングラスをかけるのもミスマッチよね)

 あまりじろじろ観察するのも失礼なので、なぎさは応接室を出てついたての向こう側の自分のデスクに戻った。

早河にアポ無しの来客が来たことをメールで伝える。メールには女の外見的特徴も書き込んでおいた。

(もしかして芸能人? まさかなぁ。芸能人がうちみたいな小さな探偵事務所に何か依頼するとも思えない)

 部屋の掛け時計は15時40分を示していた。
パソコンのキーを叩きながら女の正体を思案していると携帯電話にメールが入った。早河からの返信だ。
メールには16時頃に事務所に戻ると書いてある。あと20分ほどだ。

 なぎさは早河が間もなく帰宅することを伝えに奥の応接室に向かった。早河の帰宅時間を伝えると女性は「そう」と頷いただけだった。
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