早河シリーズ第四幕【紫陽花】
   ──東京・銀座──

 午前零時が近付くにつれて夜の街は賑わいを増す。銀座の高級クラブ、メルシーでは一流企業の重役や大物財界人が華やかな蝶の群れに囲まれて豪遊していた。

VIP席にいる早河の周りにも早河が指名したミレイ以外にも何人ものホステスが彼を囲んでいる。早河の隣を独占していたミレイも今は同僚に遠慮して彼から離れた席で早河と同僚のお喋りを聞いていた。

(お店に早河さんが来てくれるのは嬉しいけど、イケメンだからすぐに人気者になっちゃうのよね)

 早河の隣には同僚のモモとユリカが寄り添っている。早河は愛想良く二人に笑いかけていて、彼に長年の片想いをしているミレイとしては複雑な心中だった。

(ヤキモチなんてダメ。早河さんも仕事、モモとユリカも仕事。みんな仕事でやってるんだから。早河さんの彼女でもないのに私って勝手だなぁ)

彼の笑顔が仕事用の作り笑いだとしても自分以外の女と親しげに話している姿は見たくない。

「ミレイちゃん、モモちゃん、ユリカちゃん」

 透き通った綺麗な声で名を呼ばれてミレイは顔を上げた。この店のママ、サユリが早河の席の前で丁寧に両手を揃えて立っていた。

「白井様のヘルプについてちょうだい。早河さんのお相手は私がするわ」

ミレイは早河を見た。早河はサユリと視線だけの意志疎通をしているようで、明らかに自分はこの場にいてはいけない雰囲気を感じた。

(前から思ってたけど、早河さんとママの関係ってなに? 私がここで働けるようにしてくれたのは早河さんで、ママも昔から早河さんを知っていて……不思議な関係の二人よね)

 ミレイは名残惜しく、同僚達を連れて早河の席を辞した。

 ミレイ達が去った後にサユリが早河の隣に座った。彼女の所作ひとつひとつが若いホステス以上に洗練されていて美しい。

『ミレイ達を追い払った理由は?』
「人聞きの悪いことを。私は早河さんとお話がしたかっただけですよ」
『ママが俺と二人で話をしたい時は何か魂胆がある。昔からそうだろ』
「ふふっ。そうだったかしら」

彼女は素早く早河と自分の水割りを作り、彼と乾杯した。
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