早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 応接室で早河と玲夏は向かい合って座った。

「あの子が香道さんの妹さん?」
『そうだ』
「真紀から香道さんの妹さんがあなたの助手になったとは聞いていたけど……本当だったのね」

 玲夏はテーブルに置かれた白地に青文字のロゴが入る煙草の箱を見ると微笑する。早河はくわえた煙草に火をつけた。

「ふぅん。相変わらずこの煙草なんだ。変わらないね」
『たった2年じゃ人の好みは変わらないだろ』
「たった2年、か」

彼女は早河の煙草の箱を手に取って懐かしげに眺めていた。

『今やってるドラマ観てるぞ。まさかお前が刑事役をやるなんてな』
「ありがとう。私も自分が刑事役を演じる日が来るなんて思わなかった。役にリアリティーを持たせたかったから、役作りの為に真紀に拳銃の構えや刑事について色々と教えてもらったの。最後は真紀の愚痴を聞くはめになったけどね」
『それは災難だったな。でもなかなか様になってた』
「元刑事さんにお褒めいただいて光栄です」

 なぎさがトレーにコーヒーと紅茶のカップを載せて応接室に運んできた。玲夏と早河の前にそれぞれカップを置いて応接室を出ようとした彼女を玲夏が引き留める。

「女性のあなたにも聞いてもらいたいの。ね、彼女も一緒にいいでしょう?」
『玲夏がそれでいいなら俺は構わない。なぎさ、隣に座れ』

早河が自分の隣を指差してなぎさを呼ぶ。なぎさは早河と玲夏を交互に見て、躊躇いがちに早河の隣に腰を降ろした。

(本庄玲夏、実物はやっぱり綺麗……)

 今春の火曜22時から放送している玲夏主演の刑事ドラマをなぎさは欠かさず視聴している。玲夏がファッション雑誌の専属モデルをしていた時代から本庄玲夏のファンだった。

テレビや雑誌でしか見たことのない女優が目の前にいるこの状況が信じられない。夢を見ているみたいだ。

『玲夏とは昔からの知り合いなんだ』
「そうなんですか……」

 早河の説明は曖昧で漠然としていた。昔からの知り合いと言われても、明らかにただの知り合い程度の仲ではなさそうだ。

『それで何があった?』
「うん……まずはこれを見て」

 玲夏は輪ゴムで留めた封筒の束を早河に渡す。彼は束を受け取ると封筒の枚数を数えた。全部で20通あるそれは横長のハガキサイズの白い封筒だった。

「上から古い日付順に並んでいるから順番に見ていって」

 早河は玲夏に言われた通り輪ゴムを外して束の一番上の封筒を取った。宛先は玲夏のファンレターの送り先として公表されている玲夏の所属する芸能事務所の本庄玲夏宛。

消印は5月8日。東京都内から投函されたものだ。差出人の名前はない。
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