早河シリーズ第四幕【紫陽花】
「蓮、命を狙われる心当たりは?」
『心当たりって言われてもなぁ。このドラマの関係者で俺を毛嫌いしてる奴は北澤くらいしか浮かばねぇけど、北澤に殺されるほど恨まれる覚えはないぞ』
『まだ北澤さんを犯人と決めつけるのは早いですよ。問題なのはこの仮説通りなら、平井さんを殺した犯人Bは蓮さんを殺そうと企てた犯人Aを知っている。計画的にもかなりの綱渡りですし、共犯関係にあるかもしれない。ただ、Aが蓮さんに盛ったはずの毒をBが平井さん殺害に利用して実際に死んだのは平井さんだった』

蓮は唸り声を上げて腰掛けていたベッドに仰向けになった。

『死んだのが俺じゃなくて平井さんだったんだから、Aは驚いただろうな』
『AとBは今頃は仲間割れの真っ最中かもしれません』
『まじかよ。ただでさえ玲夏の脅迫状や嫌がらせの容疑者がゴロゴロいるのに人殺しを企む人間まで二人もいるのか』
『しかも蓮さんを殺そうとしたAはBのおかげで蓮さんを殺しそこなっています。また蓮さんが狙われる可能性も……』

 矢野がそこで言葉を切った。蓮、玲夏、なぎさは押し黙った矢野を見て怪訝な顔をする。

『おーい、一輝。急にどうした?』
『……朝食準備が終わって平井さんがフロントに行っていた間、宴会場が無人になっていたのはわずか10分。そこでもしも他のスタッフや役者が宴会場に来ていたら無人にすらなりません。そんな短時間でAが蓮さんの湯呑みに毒を入れ、BがAに気付かれないように湯呑みをすり替えるなんてこと、やっぱり綱渡り過ぎて忙しいと思うんです。俺が犯人なら、まずそんなギリギリな計画は立てない』

 誰もが無言だった。どう考えても10分間で二人の人間が一方を欺きつつ犯行を仕掛けるには時間が足りない。
AもBも誰かに目撃される恐れもある。

『だけど、こう考えると辻褄が合うんです。蓮さんの湯呑みに毒を仕込んだ犯人Aが“平井さん”だったとしたら? 平井さんは最初から朝食準備で宴会場にいた。湯呑みの準備段階で蓮さんの湯呑みに毒を仕込むことはできるでしょう。……なぎさちゃん、犯人Aを平井さんと仮定して、AとBの行動をタイムテーブルにして書いてくれる?』
「はい」

 なぎさは時間軸と矢野の推理をまとめたタイムテーブルを作成した。テーブルに置かれたそのメモを全員が覗き込む。
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