早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 封筒から折り畳まれた便箋を出して広げた。便箋をなぎさにも見えるようにして早河は中身を黙読する。便箋には玲夏への愛の言葉がわざと書体を崩したような癖のある文字で綴られていた。

 愛する玲夏へ、その一文で始まりひたすら玲夏への愛の言葉が並ぶ手紙になぎさは薄気味悪さを感じた。

『ずいぶん過激なファンレターだな』
「そうね。最初の方はちょっと行き過ぎたラブレターみたいなものかな」

手紙を送られた張本人の玲夏は平然と紅茶を飲んでいる。早河は封筒の束に手を伸ばして2通目、3通目枚と手紙を読み進めた。

『3通目までは見たところ差出人は同じ人物だな。昔からこの手の手紙は山ほど貰ってたよな』
「まぁね。問題なのは最後の2通なのよ」

 玲夏は封筒の束の後ろから数えて2番目と最後の封筒を早河に差し出した。早河はまず最後から2番目の封筒から開く。
消印は5月26日、先週の火曜日だ。

 これまでと同じ崩れた書体で書かれた文字は一言だけ。

 ──〈殺してやる〉

早河は無言で便箋を置き、最後の1通を開く。20通ある手紙の20番目の封筒の消印は6月1日。最後の手紙にはこう綴られていた。

 ──〈殺しにいく〉

たった一言の殺害予告にゾワリと鳥肌の立つ増悪を感じる。

『警察には行ったのか?』
「真紀には手紙のことは話してあるけど……他の事件の捜査もあって、真紀に無理を言うのも申し訳なくて。ほら、1週間前に明鏡大学の先生が殺された事件あったでしょ? 真紀はあの事件の捜査をしているらしいの」
『ああ…あの明鏡大のか。確かに今の捜査一課はあの事件にかかりきりだな』

 1週間前の5月28日、都内の私立大学、明鏡《めいきょう》大学の准教授が殺された。
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