早河シリーズ第四幕【紫陽花】
「玲夏にあの手紙を送ったのも玲夏の事務所への嫌がらせも犯人は平井なんでしょうか?」
『まだわからない。この部屋には犬もいないしな。けどストーカー心理の大半は愛情が憎しみに変化したものだ。ただ、陶酔する女と欲の捌け口の女は別のようだな』

 パソコンから離れて再び台所に戻った彼は板張りに放り出したティッシュの包みを持ち上げた。

「それは?」
『見たくないものだろうが使用済みのコンドーム』
「……できれば見たくないものですね」
『酷なことに小山はこれを科捜研に持っていくお役目があるんだよ。コンドームに付くのは精液だけじゃない。ここから相手の女のDNAが採れる』

 よもや証拠品の押収をするとは思わなかったが、早河は持参したジップロックのビニール袋にティッシュに包まれたコンドームを入れた。

「違法捜査で入手した証拠品は裁判では使えませんよ」
『わかってる。これはホシを落とす材料だ。平井の女が誰かわかるだけでも充分だろ』
「平井の相手の女が怪しいと?』
「女を追えば何か掴めるかもしれない。DNAが採れただけじゃ意味ねぇよな。照合するサンプルが必要だ」

彼は板の間にあぐらを掻いた姿勢で携帯電話のメール画面を開く。宛先はなぎさと矢野だ。
二人へのメール送信を終えた早河はがくっと頭を垂らした。

「どうしたんですか? 気分悪いんですか?」
『微熱だったんだけどな……熱上がってきたかも』
「熱って……」

早河の額に真紀の手が触れた。想像以上に熱い。

「微熱どころじゃないですよ! あとは私がやります。先に車に戻って休んでいてください」
『ああ……。もしコンドームから女のDNAが採れなかった場合も考えて、その、なんだっけ、ミルフィーユ……』
「ミルフィーユアイスですか?」
『そう、それ。この地域のゴミの日は火曜だ。多分まだ容器やスプーンのゴミが残ってるはず』
「わかりました。探しておきます」
『頼むな』

 真紀に玄関まで支えてもらって平井の自宅を出た。外に出ると湿度の高い空気が肌にまとわりついてさらに気分が悪くなる。

 アパートの錆び付いた階段を降りる時、電柱の背後に人影が見えた。男だ。顔はマスクをして隠れている。
マスクの男は早河が階段を降り始めると逃げるように走り去った。

(俺達を見張ってたのか? まさか津田? これは津田の顔写真を手に入れる必要があるな)

熱でふらつく体を手すりで支えて地表に降り立った早河は左右を警戒しながら足早に車に戻った。
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