早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 沙織は溜息をついて腕時計を見た。

「そうね、玲夏ひとりだと心配だけど二人なら15分は離れていても大丈夫よ」
「……って、敏腕マネージャーも言ってるから。行きましょ」

 隠れてイタズラをする子供みたいに笑う玲夏に連れられて、なぎさはレストランの外に出た。

なぎさと玲夏はエレベーターホール手前の二人掛けのソファーに並んで座った。窓の向こうには神戸大橋と港の夜景が広がっている。

「ずっとヒールでいるのも疲れちゃうのよね。少し失礼するわ」

 玲夏はピンヒールの靴を脱ぎ捨てた。なぎさもよく知る有名なレッドソールのブランドの靴が揃えて床に置かれ、彼女は身軽になった脚を宙に伸ばした。玲夏の自由さになぎさもつい笑みが溢れる。

 容疑者リストの男達は玲夏に好意を抱いていたと思われる人間ばかり。
加賀見泰彦、北澤愁夜、平井透、この三人は少なからず玲夏に好意を抱いていた過去がある。
玲夏を巡って躍起になる彼らの気持ちがわかる気がした。

 玲夏はまったく気取らない。外見はきつめの美人なのに中身の印象はまるで違う。
今もこうして途中で打ち上げを抜け出し、ブランド物の靴を脱ぎ捨てて寛いでいる。気取らないのに、品がある。

人によって態度を変えることもない。スタッフのひとりひとりの名前を覚え、挨拶をし、彼らを見下すことなく丁寧に接している。
そんな玲夏だから早河が恋をしたのだろう。

「私ね、あなたのお兄さんに会ったことがあるの」
「兄に?」
「香道さんは仁や真紀の同僚だったから、その縁でね。仁や真紀と一緒に何度かお酒を飲んだこともあるのよ」
「そうだったんですか……。お兄ちゃん、そんなこと一言も言わなかったから……」

(お兄ちゃんが女優と知り合いになったのなら私に自慢げに話すような気がするのに)

 ソファーの下で玲夏の脚が揺れた。細く長い脚も、ただ棒のように細いのではなく、筋肉がついて鍛え上げられたしなやかな細さだ。
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