早河シリーズ第四幕【紫陽花】
上にいる早河の様子が気になった。病院に行っていないなら、ちゃんとした薬も飲んでいないかもしれない。
(私が上がってもいいのかな……)
なぎさはこれまで一度も早河の自宅に入ったことはない。早河の生活圏に踏み込むことは助手の仕事の範囲を越えている。
こんな時、助手じゃなく恋人だったら迷わず彼の側で看病ができるのに。
そう、玲夏だったら……そう思うとまたチクリと胸が痛んだ。
(でもこのまま放って帰れないよ)
意を決して彼女は階段を上がった。階段を上がりきった先に扉がある。鍵のかかっていないドアノブは簡単に回った。
「お邪魔しまーす……」
玄関を入ってすぐに目に入るのはリビングにある焦げ茶色の大きなソファー。テーブルには栄養ドリンクの瓶の残骸が置かれたままだ。
(熱出てからちゃんとしたもの食べてないのかも)
リビングに面して扉があった。控えめにノックをしても返事がない。恐る恐る扉を開けると、思った通りそこは寝室だった。
カーテンの締め切られた薄暗い部屋のベッドに早河が寝ている。彼は苦しそうに呼吸を乱して眠っていた。
放っておけなかった。何故、どうして、と理由付けしたって仕方ない。こんな状態の人を見て見ぬフリして何もしないなんて、できない。
「……キッチン借りますね」
眠る早河に囁いて寝室を出る。冷蔵庫にはスポーツドリンクと缶ビール、あとは栄養ドリンクの瓶しか入っていない。
簡素な食器棚の奥から箱に入った土鍋を見つけた。幸いにも米もあり、研いだ米を炊飯器にセットしてから一度事務所を出た。
相変わらず降り続く雨の中を近くのスーパーまで歩いた。スーパーで食料品を買い、隣の薬局で冷却シートと薬剤師に選んでもらった風邪薬を購入して事務所に戻る。
急速モードにセットした炊飯器からご飯の炊ける匂いがしていた。
早河の自宅のキッチンを借りて手早く野菜を調理する。鶏肉、白菜、ほうれん草、ネギなどは食べやすいように小さめに切った。
炊きたてのご飯は土鍋の中でお粥に変身を遂げていた。
やがてお粥と野菜の水炊きが出来上がった。早河の寝室をノックしたがやはり返事はない。ベッドに近付くと早河が目を開けた。
『……なぎさ?』
「所長の様子が気になったので……。ご自宅に勝手に上がってすみません」
『それはいいけど……』
上半身を起こした早河は額を押さえた。まだ身体が辛そうだ。
「キッチンをお借りしてお粥と水炊きを作ったんです。食べられますか? もし食欲がないなら……」
『食う。食欲はねぇけどさすがに栄養ドリンクしか飲んでないから腹は減ってるんだ』
「わかりました。すぐに持って来ますね」
早河に手料理を食べてもらえることがたまらなく嬉しかった。もう気持ちを誤魔化しきれない。
そんなはずない、そんなはずない、と自分に嘘をついていたけれど、もう無理だ。
(私が上がってもいいのかな……)
なぎさはこれまで一度も早河の自宅に入ったことはない。早河の生活圏に踏み込むことは助手の仕事の範囲を越えている。
こんな時、助手じゃなく恋人だったら迷わず彼の側で看病ができるのに。
そう、玲夏だったら……そう思うとまたチクリと胸が痛んだ。
(でもこのまま放って帰れないよ)
意を決して彼女は階段を上がった。階段を上がりきった先に扉がある。鍵のかかっていないドアノブは簡単に回った。
「お邪魔しまーす……」
玄関を入ってすぐに目に入るのはリビングにある焦げ茶色の大きなソファー。テーブルには栄養ドリンクの瓶の残骸が置かれたままだ。
(熱出てからちゃんとしたもの食べてないのかも)
リビングに面して扉があった。控えめにノックをしても返事がない。恐る恐る扉を開けると、思った通りそこは寝室だった。
カーテンの締め切られた薄暗い部屋のベッドに早河が寝ている。彼は苦しそうに呼吸を乱して眠っていた。
放っておけなかった。何故、どうして、と理由付けしたって仕方ない。こんな状態の人を見て見ぬフリして何もしないなんて、できない。
「……キッチン借りますね」
眠る早河に囁いて寝室を出る。冷蔵庫にはスポーツドリンクと缶ビール、あとは栄養ドリンクの瓶しか入っていない。
簡素な食器棚の奥から箱に入った土鍋を見つけた。幸いにも米もあり、研いだ米を炊飯器にセットしてから一度事務所を出た。
相変わらず降り続く雨の中を近くのスーパーまで歩いた。スーパーで食料品を買い、隣の薬局で冷却シートと薬剤師に選んでもらった風邪薬を購入して事務所に戻る。
急速モードにセットした炊飯器からご飯の炊ける匂いがしていた。
早河の自宅のキッチンを借りて手早く野菜を調理する。鶏肉、白菜、ほうれん草、ネギなどは食べやすいように小さめに切った。
炊きたてのご飯は土鍋の中でお粥に変身を遂げていた。
やがてお粥と野菜の水炊きが出来上がった。早河の寝室をノックしたがやはり返事はない。ベッドに近付くと早河が目を開けた。
『……なぎさ?』
「所長の様子が気になったので……。ご自宅に勝手に上がってすみません」
『それはいいけど……』
上半身を起こした早河は額を押さえた。まだ身体が辛そうだ。
「キッチンをお借りしてお粥と水炊きを作ったんです。食べられますか? もし食欲がないなら……」
『食う。食欲はねぇけどさすがに栄養ドリンクしか飲んでないから腹は減ってるんだ』
「わかりました。すぐに持って来ますね」
早河に手料理を食べてもらえることがたまらなく嬉しかった。もう気持ちを誤魔化しきれない。
そんなはずない、そんなはずない、と自分に嘘をついていたけれど、もう無理だ。