早河シリーズ第四幕【紫陽花】
 なぎさが作ったお粥を早河が口に入れる。彼はお粥をゆっくり咀嚼して飲み込んだ。

「……味、どうですか? 塩辛くないですか?」
『ああ。旨いよ』
「良かった……」

お粥も水炊きも自分で作った経験はほとんどなかった。レシピは母親の見よう見まねだ。

 誰かのために料理を作り、美味しいと言ってもらえる、こんなに嬉しいことはない。早河はお粥も水炊きもすべて完食した。

「これ、薬です。薬剤師さんに頼んでよぉーく効く薬を選んでもらったので、これを飲んで大人しく寝ていてくださいね」
『サンキュ』

 薬を飲んで横になった早河の額になぎさが熱冷ましの冷却シートを貼る。目を閉じてくれればいいのに、早河は目を開けたまま、シートを貼り付けるなぎさの顔を虚ろな瞳で見上げていた。

「私は片付けして帰りますね」
『……ここに居ろよ』
「え?」
『もう少し……居ろよ』

 ベッドの傍らにいるなぎさの頬に早河の熱い手が触れた。金縛りにあったようにそこから動けなくなったなぎさは頬に触れる彼の手に自分の手を重ねた。

ずっとこのまま、こうしていたい──。

 二人きりの部屋に無言の空気が流れる。聞こえるのは早河となぎさの息遣いのみ。

『……なぎさ』
「は、はいっ」
『……ぁ……りが……と……』
「え? 何……」

小さくかすれた早河の声は聞き取れず、なぎさに触れていた彼の手も力を失ってベッドに落ちた。

「……寝ちゃった」

 早河の寝顔はいつもと違って幼く見えた。
汗で湿った前髪が冷却シートに覆い被さっている。そっと前髪を掻き分けてやり、掛け布団を肩までかけた。

 彼が愛しかった。側を離れたくないと思った。

 いつだったか、死んだ兄が言っていたことがある。


 ──“なぁ、なぎさ。今俺がバディ組んでる後輩の早河って奴さ、すげーいい奴なんだよ。頭はキレるし頼りになる。何より、人の痛みがわかる優しさを持ってる。アイツとバディになれて本当によかった”──


「好きになっちゃった……」

小さな声で呟いた告白の言葉は空気に乗って消えていく。

「所長……好きです」

 嵐の夜、彼女は彼への恋心を自覚した。
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