早河シリーズ第四幕【紫陽花】
「ナイスタイミング。もう少しで食事の約束させられるところだった」
エレベーターホールで笑いながら玲夏は沙織に耳打ちした。楽しげに笑う玲夏とは違い、沙織は眉を吊り上げて憤慨している。
「玲夏ー。笑い事じゃないでしょ。黒崎来人には気を付けてってあれほど言ったのに。彼は共演者喰いで有名なのよ?」
「はいはい、ごめんなさい。でも舞台で共演するんだから多少のコミュニケーションは必要でしょ?」
「その多少のコミュニケーションが命取りになるんです」
「大丈夫。もし私と黒崎さんが多少のコミュニケーションを取ったところで喰われることはないよ」
乗り込んだエレベーターが地下駐車場で扉を開けた。数秒前まで天真爛漫に笑っていた玲夏は口元を引き締めてサングラスをかけた。
駐車場に駐めた沙織の車の後部座席に玲夏が乗ろうとした時、沙織が短い悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。
「……沙織? ……沙織! どうしたのっ?」
玲夏は地面に倒れ伏す沙織に駆け寄った。
沙織の手足は痙攣していて、顔が青ざめている。沙織の震える右手が運転席の扉を指差した。
「……ドアのところに……針……」
「針?」
運転席のドアは半分開いている。玲夏は慎重にドアに近付き、目を凝らして車のドアノブを見た。
運転席のドアを開ける時にちょうど指が触れる辺りに小さな針がセロテープで固定されている。
針の先端には沙織のものと思われる血液が付着していた。
「とにかく救急車……」
「……玲夏ダメ! 救急車なんか……呼んじゃダメ……! テレビ局の駐車場に救急車が来たら騒ぎになる。玲夏のスキャンダルになったりしたら……」
「でも! この針、きっと毒が塗ってあるのよ! 早く病院に行かないと沙織が……」
「だから……小山さんと……社長に……あと……はや……か……わ……さんに……も……」
沙織の呼吸はどんどん荒くなり、力尽きた彼女は目を閉じた。玲夏が沙織の身体を揺さぶっても彼女は目を開けない。
「沙織っ? ねぇ、沙織!」
こんな状況でも自分の命より玲夏を必死に守ろうとする沙織の意思を無視できない。すがる気持ちで玲夏は小山真紀の携帯番号に電話をかけた。
*
玲夏から連絡を受けた真紀の車がテレビ局の地下駐車場に入った頃には、人命を優先した吉岡社長が呼んだ救急車が到着していた。
救急車のストレッチャーに寝かされた沙織は酸素吸入器をつけて苦しげに呼吸している。
「真紀……! どうしよう、沙織が……」
「玲夏、落ち着いて。もうすぐ矢野くんとなぎさちゃんがここに迎えに来る。玲夏は二人と一緒に事務所に行って。これは吉岡社長の指示よ」
真紀は動揺する玲夏の背中をさすり、彼女をなだめた。
「だけど沙織が……」
「山本さんには私が付き添う。後のことは私に任せて」
昔から何が起きても気丈で冷静な玲夏がこんなに取り乱すところを真紀は初めて見た。
真紀は小学3年生の時に両親が離婚している。あの頃、父親がいなくなったことが寂しくて学校帰りによく泣いていた真紀を慰めてくれたのが親友の玲夏だ。
9歳の玲夏がしてくれたように、真紀は涙を流す玲夏をぎゅっと抱き締めた。
エレベーターホールで笑いながら玲夏は沙織に耳打ちした。楽しげに笑う玲夏とは違い、沙織は眉を吊り上げて憤慨している。
「玲夏ー。笑い事じゃないでしょ。黒崎来人には気を付けてってあれほど言ったのに。彼は共演者喰いで有名なのよ?」
「はいはい、ごめんなさい。でも舞台で共演するんだから多少のコミュニケーションは必要でしょ?」
「その多少のコミュニケーションが命取りになるんです」
「大丈夫。もし私と黒崎さんが多少のコミュニケーションを取ったところで喰われることはないよ」
乗り込んだエレベーターが地下駐車場で扉を開けた。数秒前まで天真爛漫に笑っていた玲夏は口元を引き締めてサングラスをかけた。
駐車場に駐めた沙織の車の後部座席に玲夏が乗ろうとした時、沙織が短い悲鳴を上げてその場に倒れ込んだ。
「……沙織? ……沙織! どうしたのっ?」
玲夏は地面に倒れ伏す沙織に駆け寄った。
沙織の手足は痙攣していて、顔が青ざめている。沙織の震える右手が運転席の扉を指差した。
「……ドアのところに……針……」
「針?」
運転席のドアは半分開いている。玲夏は慎重にドアに近付き、目を凝らして車のドアノブを見た。
運転席のドアを開ける時にちょうど指が触れる辺りに小さな針がセロテープで固定されている。
針の先端には沙織のものと思われる血液が付着していた。
「とにかく救急車……」
「……玲夏ダメ! 救急車なんか……呼んじゃダメ……! テレビ局の駐車場に救急車が来たら騒ぎになる。玲夏のスキャンダルになったりしたら……」
「でも! この針、きっと毒が塗ってあるのよ! 早く病院に行かないと沙織が……」
「だから……小山さんと……社長に……あと……はや……か……わ……さんに……も……」
沙織の呼吸はどんどん荒くなり、力尽きた彼女は目を閉じた。玲夏が沙織の身体を揺さぶっても彼女は目を開けない。
「沙織っ? ねぇ、沙織!」
こんな状況でも自分の命より玲夏を必死に守ろうとする沙織の意思を無視できない。すがる気持ちで玲夏は小山真紀の携帯番号に電話をかけた。
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玲夏から連絡を受けた真紀の車がテレビ局の地下駐車場に入った頃には、人命を優先した吉岡社長が呼んだ救急車が到着していた。
救急車のストレッチャーに寝かされた沙織は酸素吸入器をつけて苦しげに呼吸している。
「真紀……! どうしよう、沙織が……」
「玲夏、落ち着いて。もうすぐ矢野くんとなぎさちゃんがここに迎えに来る。玲夏は二人と一緒に事務所に行って。これは吉岡社長の指示よ」
真紀は動揺する玲夏の背中をさすり、彼女をなだめた。
「だけど沙織が……」
「山本さんには私が付き添う。後のことは私に任せて」
昔から何が起きても気丈で冷静な玲夏がこんなに取り乱すところを真紀は初めて見た。
真紀は小学3年生の時に両親が離婚している。あの頃、父親がいなくなったことが寂しくて学校帰りによく泣いていた真紀を慰めてくれたのが親友の玲夏だ。
9歳の玲夏がしてくれたように、真紀は涙を流す玲夏をぎゅっと抱き締めた。