早河シリーズ第四幕【紫陽花】
部屋の掛け時計が間もなく正午を示す。なぎさはこの気まずい空気の中でどうしたらいいのかわからず、泣き続ける玲夏を見ていることしかできなかった。
昨日も訪れたエスポワール事務所の社長室。今この部屋には吉岡社長と玲夏、なぎさと一ノ瀬蓮がいる。
玲夏となぎさをここまで送り届けた矢野は調べものがあるからとまた出掛けていった。
沙織は病院に運ばれた。幸い命に別状はないが数日の入院が必要だと付き添いの真紀から連絡があった。
「社長……私、女優辞める」
『何バカなこと言ってるんだ。お前が女優を辞めたって何の解決にもならないだろう?』
泣きじゃくる玲夏と彼女をなだめる吉岡社長、言葉を発しているのはこの二人だけ。なぎさと蓮は事の成り行きを見守ることしかできない。
「だって沙織が狙われたのよ? 犯人は事務所に嫌がらせしてきた奴に決まってる。それにあの手紙の差出人かもしれない。私が女優を辞めれば満足するのよ」
女優を辞めると頑なに主張する玲夏にかける言葉が誰も浮かばない。
「私だけが狙われるのならいくらでも太刀打ちしてやろうって思ってた。でも私のせいで沙織や蓮……他の人達まで巻き込みたくない……」
〈殺しにいく〉と書かれた手紙や事務所への数々の嫌がらせ、神戸ロケの平井の死の時も気丈に振る舞ってはいても、精神的にダメージを受けていないはずはない。
信頼するマネージャーの沙織が狙われたことで、今まで玲夏の精神を保っていた最後の糸が切れてしまった。
ノックの数秒後に社長室の扉が開かれる。スーツ姿の早河が一礼して部屋に入ってきた。
「仁……」
玲夏の身体が自然と動く。引き寄せられるように彼に向けて手を伸ばして、彼女は彼の胸元に顔を埋めた。
抱き付いてきた玲夏を早河が優しく迎える。彼は玲夏を抱き締めたまま、吉岡社長と目を合わせた。
『吉岡さん。しばらく玲夏と二人だけにしてもらえませんか?』
『ああ……そうだね。君になら玲夏を任せられる。蓮、香道さん、私達は出ていよう』
吉岡社長に促されてなぎさと蓮が立ち上がる。部屋を出る時もなぎさは早河とはあえて視線を交えなかった。抱き合う二人を直視できなかった。
昨日も訪れたエスポワール事務所の社長室。今この部屋には吉岡社長と玲夏、なぎさと一ノ瀬蓮がいる。
玲夏となぎさをここまで送り届けた矢野は調べものがあるからとまた出掛けていった。
沙織は病院に運ばれた。幸い命に別状はないが数日の入院が必要だと付き添いの真紀から連絡があった。
「社長……私、女優辞める」
『何バカなこと言ってるんだ。お前が女優を辞めたって何の解決にもならないだろう?』
泣きじゃくる玲夏と彼女をなだめる吉岡社長、言葉を発しているのはこの二人だけ。なぎさと蓮は事の成り行きを見守ることしかできない。
「だって沙織が狙われたのよ? 犯人は事務所に嫌がらせしてきた奴に決まってる。それにあの手紙の差出人かもしれない。私が女優を辞めれば満足するのよ」
女優を辞めると頑なに主張する玲夏にかける言葉が誰も浮かばない。
「私だけが狙われるのならいくらでも太刀打ちしてやろうって思ってた。でも私のせいで沙織や蓮……他の人達まで巻き込みたくない……」
〈殺しにいく〉と書かれた手紙や事務所への数々の嫌がらせ、神戸ロケの平井の死の時も気丈に振る舞ってはいても、精神的にダメージを受けていないはずはない。
信頼するマネージャーの沙織が狙われたことで、今まで玲夏の精神を保っていた最後の糸が切れてしまった。
ノックの数秒後に社長室の扉が開かれる。スーツ姿の早河が一礼して部屋に入ってきた。
「仁……」
玲夏の身体が自然と動く。引き寄せられるように彼に向けて手を伸ばして、彼女は彼の胸元に顔を埋めた。
抱き付いてきた玲夏を早河が優しく迎える。彼は玲夏を抱き締めたまま、吉岡社長と目を合わせた。
『吉岡さん。しばらく玲夏と二人だけにしてもらえませんか?』
『ああ……そうだね。君になら玲夏を任せられる。蓮、香道さん、私達は出ていよう』
吉岡社長に促されてなぎさと蓮が立ち上がる。部屋を出る時もなぎさは早河とはあえて視線を交えなかった。抱き合う二人を直視できなかった。