早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 口ではもう我慢しきれなくなり、ものの数分で杏奈の口から抜き取った己に、彼女が購入してきた避妊具を被せた。

『ごめん、杏奈。気持ちよかったんだけど、もう限界……』
「……うん。先生、来て?」

 杏奈は今度は自分から脚を広げて寝そべった。入り口から徐々に進めて、彼女が痛くないように、痛くないように、と気をつけても、痛みに顔を歪ませる杏奈を気遣っても、止められない何かに僕は支配された。

そこからは二人とも無我夢中だった。痛みに耐える杏奈も痛みとは違うものを味わい始め、僕は幸福な絶頂を彼女の中で迎えた。

 後処理で彼女の下半身の汚れを拭き取ったティッシュにはわずかに血液が付着していた。本当に痛かったのだろうと思うと、優しくしてやれなかった自分を恥じる。

『身体、平気?』
「ちょっとダルいかなぁ……。だけどこんなに幸せなの生まれて初めて」
『大袈裟だなぁ』

 うっとりした瞳でベッドに横たわる杏奈の髪から薫るのは僕の好きなシャンプーの香り。
僕も彼女の隣に寝そべり、二人して染みのついた天井を見上げた。あの染みは前の入居者がつけた煙草か何かの染みだと聞いている。

『本当に泊まる気?』
「本当に泊まる気だよ」
『それじゃあやっぱり家に連絡しておけ』

 生まれて初めての幸せを噛み締める杏奈に水を差す話題なのは重々承知。ここは仮にも年上として、未成年を親に無駄で外泊させるわけにはいかない。

「連絡しても家には誰もいないよ」
『誰も?』
「父親は愛人の家、母親は海外、兄と姉は家にいるけど私のことは気にしてないし、私が家に帰らなくても誰も心配しないの」

僕の胸元に杏奈が頬擦りする。剥き出しの華奢な肩に布団をかけてやった。

「学校だって世間体気にしていい学校通わせてるだけ。予備校もそう。あ、でも予備校に行かなかったら先生と出会えなかったよね。それだけは感謝かな。私の親はお金さえ出していれば子供は勝手に育つと思ってるんだ」

 杏奈の瞳を冷たくさせる理由は予想通り家族だった。彼女の話を聞きながら、僕は杏奈の父親が経営する会社について考えを巡らせていた。

 夜の気配が濃くなる窓の外で雨の音がしていた。
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