早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 数十分後、加奈子が満足げに服を着て先にログハウスを出た。こんなことをした後でも、彼女はなに食わぬ顔で遊んでいるメンバーと合流するのだろう。図太い神経だ。

 くしゃくしゃになったベッドのシーツをある程度整え、服を着た。ズボンのポケットに入れた携帯電話を見ると着信が入っている。
ベッドで加奈子に触れている間に杏奈から着信が入っていたことで罪悪感がさらに増す。

 ログハウスを出て夜風に吹かれるまま、杏奈の携帯に電話をかける。すぐに彼女が通話に出た。

{……先生?}
『電話、遅くなってごめんね。着信あったこと今気付いて……』

言い訳がましくなってしまうのは、ついさっき杏奈以外の女を抱いたせいだ。

{ううん。大学の人達と一緒なのに私こそ、ごめんなさい}
『大丈夫だよ。今はひとりだから。何かあった?』

彼女は何も言わない。代わりにすすり泣く声が聞こえた。

{……私ね、いらない子なの。お母さんが浮気してできた子供なんだ。私だけ、血液型が違うの}

 これまでの杏奈の話からなんとなく予想はついていた。まさか母親の浮気相手の子供だとは思わなかったが……。
だから杏奈は家族に邪険に扱われているのだ。

{みんな私が嫌いなの}
『僕は杏奈が好きだよ』

言った直後に後悔した。違う、杏奈が好かれたいのは男にじゃない。
杏奈が本当に好かれたいのは家族にだ。自分の存在を家族に認めて欲しいんだ。

{ありがとう。先生だけが私の味方だよ}

 今すぐ東京に帰って涙声の彼女を抱き締めたい。杏奈の家族が彼女の存在を認めないのなら、杏奈の新しい家族を作ればいい。

『あと1年待ってくれないか?』
{……1年?}
『正確には……1年半。お互いに学校を卒業して、僕が社会人になれば杏奈を養っていける。二人が学校を卒業したら結婚しよう。僕と家族になろう。子供ができたらみんなで動物園行ったりしてさ……そうやって杏奈は僕と新しい人生を歩いていこう』

 人生初めてのプロポーズ。結婚の申し込みとはこんなに恥ずかしいものなのか。顔が熱く火照っていく。

{私……今、めちゃくちゃ嬉しいよ……先生ありがとう。1年半……長いなぁ}

泣いている杏奈がどんな顔でその言葉を呟いたのか電話越しの僕には見えない。

 僕が杏奈の家族になるよ。杏奈を守るよ。
だからお願い……どこにも行かないでくれ。
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