早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
杏奈が自殺したと知ったのは翌日、8月31日の夕方だった。その日はバイトもなく、無気力に1日をやり過ごしていた僕の家に刑事がやって来た。
杏奈の携帯の通話履歴から僕に辿り着いたらしい。
杏奈は血の繋がらない父親と、異父兄《あに》と異父姉《あね》を次々と包丁で殺害した後に自分も胸を刺して自殺した。僕との最後の電話の直前に杏奈は父親達を殺害していたのだ。
僕は杏奈と3ヶ月だけの恋人関係にあったことを警察に話した。杏奈から貰ったあの手紙は誰にも見せたくなかったが、手紙を見せなければ彼女が何を思って自分の命を絶ったのかがわからない。
彼女の苦しみを語れる人間は僕しかいない。
杏奈の母親は仕事で海外に行っていて留守だった。杏奈が本当に殺したかった相手は母親なのだろうと、それは僕だけが知っている真実。
親の勝手で生を受け、親の勝手で命を絶った。杏奈を殺したのはこの身勝手な母親だ。
杏奈の死と共に彼女と過ごした3ヶ月が終わった。大学の後期授業が始まるまであと数週間ある。
9月の中頃にKeyから仕事の依頼が入った。送られたメールのURLを開くとそれはファッションデザイナーである杏奈の母親が日本とフランスに持っているデザイン会社のホームページだった。依頼はこのデザイン会社の新作デザインのデータを盗めとの内容だ。
なぜKeyが杏奈の母親の会社を狙う? これは偶然? タイミングの良すぎる依頼に戸惑いつつも僕は仕事を遂行した。
杏奈の母親の会社のハッキングはこれまでのどの企業のパソコン内部に忍び込むよりも簡単だった。杏奈の母親はネット関係には疎いらしい。セキュリティが甘すぎる。
デザインデータを盗むことも容易にできた。こんな楽な仕事で今回の報酬は50万。
Keyとは何者なのか気掛かりだったが、依頼された仕事は終えた。
だが杏奈を失った僕の気はそれだけでは治まらなかった。杏奈の父親の会社は親戚に引き継がれてまだ経営を続けている。
杏奈を殺した奴らを一人残らず破滅させてやろう。
杏奈が死んでから、僕は桜井物産のセキュリティを破ってデータの中枢に入り込む方法を夜な夜な考えていた。僕の指が滑らかにキーを叩く。
9月も後半に入った頃、ようやく桜井物産の内部データのハッキングに成功した。
桜井物産の表には出回らない金の流れを記録したデータを盗み出して、一般閲覧できるネット掲示板に貼り付けた。
翌日になってテレビをつけると、桜井物産の裏金流出事件として大々的に報道されていた。
ニュースを見てほくそ笑む。これで杏奈の復讐ができた。
杏奈、天国から見てるかい? 母親も血の繋がらない父親の会社もこれでおしまいだよ。
桜井物産……その裏側にどんなおぞましい闇が蠢いているのか、僕は知らなかった。あの時にそれを知っていたらどうしていたかな。
もし知っていたとしても、結果は同じだったかもしれない。
すでに僕は“あの男”に出会っていたのだから。
杏奈の携帯の通話履歴から僕に辿り着いたらしい。
杏奈は血の繋がらない父親と、異父兄《あに》と異父姉《あね》を次々と包丁で殺害した後に自分も胸を刺して自殺した。僕との最後の電話の直前に杏奈は父親達を殺害していたのだ。
僕は杏奈と3ヶ月だけの恋人関係にあったことを警察に話した。杏奈から貰ったあの手紙は誰にも見せたくなかったが、手紙を見せなければ彼女が何を思って自分の命を絶ったのかがわからない。
彼女の苦しみを語れる人間は僕しかいない。
杏奈の母親は仕事で海外に行っていて留守だった。杏奈が本当に殺したかった相手は母親なのだろうと、それは僕だけが知っている真実。
親の勝手で生を受け、親の勝手で命を絶った。杏奈を殺したのはこの身勝手な母親だ。
杏奈の死と共に彼女と過ごした3ヶ月が終わった。大学の後期授業が始まるまであと数週間ある。
9月の中頃にKeyから仕事の依頼が入った。送られたメールのURLを開くとそれはファッションデザイナーである杏奈の母親が日本とフランスに持っているデザイン会社のホームページだった。依頼はこのデザイン会社の新作デザインのデータを盗めとの内容だ。
なぜKeyが杏奈の母親の会社を狙う? これは偶然? タイミングの良すぎる依頼に戸惑いつつも僕は仕事を遂行した。
杏奈の母親の会社のハッキングはこれまでのどの企業のパソコン内部に忍び込むよりも簡単だった。杏奈の母親はネット関係には疎いらしい。セキュリティが甘すぎる。
デザインデータを盗むことも容易にできた。こんな楽な仕事で今回の報酬は50万。
Keyとは何者なのか気掛かりだったが、依頼された仕事は終えた。
だが杏奈を失った僕の気はそれだけでは治まらなかった。杏奈の父親の会社は親戚に引き継がれてまだ経営を続けている。
杏奈を殺した奴らを一人残らず破滅させてやろう。
杏奈が死んでから、僕は桜井物産のセキュリティを破ってデータの中枢に入り込む方法を夜な夜な考えていた。僕の指が滑らかにキーを叩く。
9月も後半に入った頃、ようやく桜井物産の内部データのハッキングに成功した。
桜井物産の表には出回らない金の流れを記録したデータを盗み出して、一般閲覧できるネット掲示板に貼り付けた。
翌日になってテレビをつけると、桜井物産の裏金流出事件として大々的に報道されていた。
ニュースを見てほくそ笑む。これで杏奈の復讐ができた。
杏奈、天国から見てるかい? 母親も血の繋がらない父親の会社もこれでおしまいだよ。
桜井物産……その裏側にどんなおぞましい闇が蠢いているのか、僕は知らなかった。あの時にそれを知っていたらどうしていたかな。
もし知っていたとしても、結果は同じだったかもしれない。
すでに僕は“あの男”に出会っていたのだから。