早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
それは10月の肌寒い夜。予備校のバイト帰りに背後に嫌な気配を感じた。
この数日間、大学にいてもバイトをしていても、誰かに見張られている、尾行されている、そんな感覚に陥る。
誰かにつけ狙われる理由は思い当たらない。唯一の心当たりがあるとすれば桜井物産の件だが、あれを僕の仕業と見破れる人間はいない。
最寄り駅を出て、アパートに通じる夜道を歩いていた僕を屈強な男達が取り囲む。
『な、なんだよ? あんた達……』
男達は僕の問いに答えず無言で僕を殴り付けた。口の中が切れて血の味が広がる。
地面に倒れた僕の低くなった視界に、よく手入れされた革靴が見えた。
『私の忠告を聞かない君が悪いんだよ。桜井物産には手を出すなと言っただろう?』
桜井物産……やはりその関係か。頭上から聞こえた声に顔を上げると、僕と同じ年くらいの男が僕を見下ろしていた。
『あんた何者だ?』
『Keyと言えばわかるよね?』
『Key? あんたがあの……Keyなのか?』
『そうだよ』
男は僕の側に屈み、僕の顎を持ち上げた。Keyは西洋の彫刻に似た、整った顔立ちの男だった。
『君が私の忠告も聞かずに余計なことをしてくれたおかげで後始末が大変だったよ』
『余計なことって……ハッキングして裏金のデータを盗んだことか?』
『そうさ。あそこは私の持ち物なんだ。持ち物を傷付けられたら誰でも怒るだろう? 君はおとなしく与えられた仕事をしていればいいのに』
Keyは片手にナイフを持っている。その刃先が街灯に照らされて冷たく光った。
『しかし情報もなしに強固なセキュリティの桜井物産の中枢に入り、データを盗み出したことは評価しよう』
彼はナイフの刃先を僕に当てた。ひやりとするナイフの感触に鳥肌が立つ。
『君が生き延びる道について提案がある。まずはこのまま私に殺されるか……愛する彼女のもとに逝けるのなら君はそれでもいいと言うのかな?』
どうしてKeyが僕と杏奈のことを知っている? この男は一体……何者なんだ……?
『だが、私は君のそのハッキングの腕が欲しいな。ここまで言えばもう生き延びる道はわかるよね?』
血の味のする唇を噛み締めてKeyを見据えた。彼は笑っている。何がそんなに楽しい?
『さあ、私に殺されるか、私の下で生きるか。君はどちらを選ぶ?』
夏が過ぎて肌寒さを感じる秋の夜。僕は悪魔のような男と出会った。
この数日間、大学にいてもバイトをしていても、誰かに見張られている、尾行されている、そんな感覚に陥る。
誰かにつけ狙われる理由は思い当たらない。唯一の心当たりがあるとすれば桜井物産の件だが、あれを僕の仕業と見破れる人間はいない。
最寄り駅を出て、アパートに通じる夜道を歩いていた僕を屈強な男達が取り囲む。
『な、なんだよ? あんた達……』
男達は僕の問いに答えず無言で僕を殴り付けた。口の中が切れて血の味が広がる。
地面に倒れた僕の低くなった視界に、よく手入れされた革靴が見えた。
『私の忠告を聞かない君が悪いんだよ。桜井物産には手を出すなと言っただろう?』
桜井物産……やはりその関係か。頭上から聞こえた声に顔を上げると、僕と同じ年くらいの男が僕を見下ろしていた。
『あんた何者だ?』
『Keyと言えばわかるよね?』
『Key? あんたがあの……Keyなのか?』
『そうだよ』
男は僕の側に屈み、僕の顎を持ち上げた。Keyは西洋の彫刻に似た、整った顔立ちの男だった。
『君が私の忠告も聞かずに余計なことをしてくれたおかげで後始末が大変だったよ』
『余計なことって……ハッキングして裏金のデータを盗んだことか?』
『そうさ。あそこは私の持ち物なんだ。持ち物を傷付けられたら誰でも怒るだろう? 君はおとなしく与えられた仕事をしていればいいのに』
Keyは片手にナイフを持っている。その刃先が街灯に照らされて冷たく光った。
『しかし情報もなしに強固なセキュリティの桜井物産の中枢に入り、データを盗み出したことは評価しよう』
彼はナイフの刃先を僕に当てた。ひやりとするナイフの感触に鳥肌が立つ。
『君が生き延びる道について提案がある。まずはこのまま私に殺されるか……愛する彼女のもとに逝けるのなら君はそれでもいいと言うのかな?』
どうしてKeyが僕と杏奈のことを知っている? この男は一体……何者なんだ……?
『だが、私は君のそのハッキングの腕が欲しいな。ここまで言えばもう生き延びる道はわかるよね?』
血の味のする唇を噛み締めてKeyを見据えた。彼は笑っている。何がそんなに楽しい?
『さあ、私に殺されるか、私の下で生きるか。君はどちらを選ぶ?』
夏が過ぎて肌寒さを感じる秋の夜。僕は悪魔のような男と出会った。