早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
8月10日(Mon)

 閉館時刻を過ぎて一般客が帰った後のしながわアクアリウム。
水族館に昼も夜もない。一歩足を踏み入れればそこは紺碧の海の世界。

 午後7時からしながわアクアリウムで明鏡大学ミステリー研究会恒例の夏のミステリーイベントがスタートした。

 このイベントのメインは水族館のスタッフにも協力してもらっての〈水族館殺人事件〉の謎解きだ。脚本と演出は会長の松田と副会長が手掛け、演者は水族館のスタッフ達。

ミステリー研究会の会員が探偵となって、制限時間までに事件の謎解きをする推理ゲームだ。謎解きに挑戦した美月は制限時間内に犯人を見つけ出せなかったが、会員達と笑い合いながら楽しい時間を過ごせた。

 謎解きゲーム終了後は持参したアルコールやソフトドリンクで宴会の時間。宴は午前零時まで続けられた。

この水族館に宿泊する会員は男子会員は西側の多目的ホール、女子会員は東側のレクチャールームで就寝することが決まっている。
会員達は運び込まれた人数分の布団を敷き、各々眠りについた。

 美月が眠りから目覚めた時、時刻は8月11日の午前3時だった。周りを見ると女子会員達は皆眠っている。

もう一度布団に寝そべり目を閉じたが、意識が冴えてしまって寝付けない。最近はいつもそうだ。
夜中に一度目覚めてしまうと色々なことが頭をよぎって眠れなくなる。隼人のこと、佐藤のこと、そして松田のこと……。

 静かに布団を抜け出して着ていたチュニックワンピースの上にニットのカーディガンを羽織った。水族館の中は冷房が効いていて涼しく、出歩くなら羽織りものが欠かせない。
携帯電話はカーディガンのポケットに入れた。

 どうせこのままでは眠れない。少しだけ館内を散歩してこよう。
寝ている皆を起こさないようにしてレクチャールームを出た。廊下に人の気配はない。

 男子会員がいる西側と女子会員のいる東側を繋げる渡り廊下はシャッターが降りていて東側から西側には行けなくなっている。

西側の人間がこちらに来ることもできない。男子学生と女子学生が同じ館内に泊まるため、無用なトラブルを起こさせないための配慮だ。

 東側のエレベーターを呼んで上に上がる。エレベーターが三階に到着して扉が開いた。

暗闇に包まれた館内でエレベーターの手前にある大きなクラゲの水槽が青白く光っている。その青白い光の中を浮遊するクラゲ達が幻想的な雰囲気を創り出していた。
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