早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 確かにそう言われると、松田宏文と渡辺亮は面差しが似ている。顔の系統や雰囲気に近いものがある。

『俺と亮くんが従兄弟って信じられない? それともそれは信じたくないって顔かな?』
「え、えっと……」

意地悪く微笑む松田に返す言葉が見つからない。

『亮くんも浅丘さんが俺の後輩だって知って驚いてたよ。もちろんキスしたことは亮くんには話してないから安心して。あれは俺が無理やりしたけどさすがにね。亮くんは浅丘さんの彼氏の幼なじみだから言えないよね』
「……先輩、なんだか前よりも意地悪になってません? 酔ってるだけですか?」

 面白がる松田を美月はふて腐れた顔で睨む。
松田はこんなに意地悪な人だっただろうか?前はもっと優しくしてくれたのに。

『俺が優しくしないと寂しい? 優しくしないでって言ってたくせに』
「それは……そうですけど……」

美月は彼に背を向けてチューハイを一口飲んだ。よくわからない苛立ちに支配されるのは、松田が以前と態度を変えたから?

『……こうやって、からかってでもないとヤバいんだよ』

 背後で松田の呟きとビールの缶が床に置かれる音が聞こえた。

『からかって意地悪して突き放して、そうしないともう無理』

 美月は振り向けなかった。彼がどんな顔をして今その言葉を言っているのか、松田の顔を見るのが怖くて振り返ることができない。
心臓だけが、ドキドキと大きな音を立てていた。

『どうして今日ここで……出会っちゃったんだろうな』

松田が背を向ける美月の片腕を掴んだ。

『こっち向いて』
「……嫌です」

 美月は顔を伏せたまま答えた。松田の顔を見てしまえばこれまで張り詰めていた何かが破裂してしまう予感があった。

隼人の顔と佐藤の顔が交互に浮かぶ。
隼人が好き、その想いに変わりはない。

でも佐藤を忘れられないことにも変わりはなくて、3年経った今でも彼と過ごした夏の季節は息苦しい。8月8日は佐藤が海に落ちた日、彼の命日だ。

 佐藤に会いたくて泣いて、佐藤に会えなくて泣いて。
隼人の気持ちが見えなくて泣いて、自分の気持ちがわからなくて泣いた。

『こっち向けって』
「……ダメ」
『美月』

 初めて下の名前を呼ばれた瞬間、反射的に顔を上げた美月を彼は振り向かせた。大粒の涙が彼女の頬を流れ落ちる。

『なんで泣いてる? 俺のこと、嫌い?』

美月は泣きながら首を横に振った。松田の声は優しくて、その優しさにさらに涙が零れる。
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