早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
矢野は苦味があるのに甘い。このコーヒーみたいな印象だ。
『真紀ちゃんに見せてる顔は本当の顔だよ』
矢野の声色が変わった。そう、これだ。この声の変化にいつもドキッとさせられる。
ヘラヘラと笑っていた次の瞬間には真剣な言葉をぶつけてくる。
「嘘……」
『本当に。真紀ちゃんの前だとありのままでいられる。真紀ちゃんの知ってる俺が本当の俺』
矢野がカップをテーブルに置いた。
『真紀ちゃんこそ、俺に本当の姿見せてないだろ?』
「本当の姿って……見せるも何も、矢野くんに見せる必要ないじゃない」
また強がって悪態の言葉しかでない。可愛くない女だ。
矢野の身体がこちらに向いた。
『俺は見たいけどね。強がりが癖になってる真紀ちゃんの本当の姿。俺には見せられない? 本当の姿……』
真紀の肩まで伸びた髪に矢野の指先が触れる。真紀は矢野から顔を背けた。それが今できる精一杯の抵抗だ。
脈が速い。顔が熱い。身体が熱いのは体調が悪いから、温かなコーヒーを飲んだから、いや、違う。
矢野に、触れられているから?
「……帰る。コーヒーご馳走さま」
瑠璃色のカップをテーブルに置いて矢野から逃れるように立ち上がった。立った時にふらつきを感じても、今度は矢野の手は借りない。
『送るよ』
「いい。ひとりで帰れる」
『ここ、どこら辺かわかって言ってる?』
矢野が苦笑して窓の外を指差した。大きな窓から見える景色は赤い夕陽に染まる高層ビル群。どうやら都心の高層マンションらしいことは景色をみれば一目瞭然だった。
いいご身分だ。年下のくせに。
「麻布? それとも新宿?」
『おお、なかなかいい線いってる。けど、さっきまで倒れてた女の子をひとりで帰すわけにはいかないでしょ?』
彼はキーケースを服のポケットに入れて玄関に向かっていく。
(矢野くんの女たらし! そうやって今まで何人の女口説いてきたのよ?)
そう言えば今の矢野は普段の派手な柄シャツにジャケットではなく、Tシャツにジーンズ姿だ。昼間会った時は確か赤色の柄シャツを着ていた。
そうして普通の格好をしている彼を見るのは初めてかもしれない。
(あの柄シャツの装備は仕事着ってこと?)
『真紀ちゃんに見せてる顔は本当の顔だよ』
矢野の声色が変わった。そう、これだ。この声の変化にいつもドキッとさせられる。
ヘラヘラと笑っていた次の瞬間には真剣な言葉をぶつけてくる。
「嘘……」
『本当に。真紀ちゃんの前だとありのままでいられる。真紀ちゃんの知ってる俺が本当の俺』
矢野がカップをテーブルに置いた。
『真紀ちゃんこそ、俺に本当の姿見せてないだろ?』
「本当の姿って……見せるも何も、矢野くんに見せる必要ないじゃない」
また強がって悪態の言葉しかでない。可愛くない女だ。
矢野の身体がこちらに向いた。
『俺は見たいけどね。強がりが癖になってる真紀ちゃんの本当の姿。俺には見せられない? 本当の姿……』
真紀の肩まで伸びた髪に矢野の指先が触れる。真紀は矢野から顔を背けた。それが今できる精一杯の抵抗だ。
脈が速い。顔が熱い。身体が熱いのは体調が悪いから、温かなコーヒーを飲んだから、いや、違う。
矢野に、触れられているから?
「……帰る。コーヒーご馳走さま」
瑠璃色のカップをテーブルに置いて矢野から逃れるように立ち上がった。立った時にふらつきを感じても、今度は矢野の手は借りない。
『送るよ』
「いい。ひとりで帰れる」
『ここ、どこら辺かわかって言ってる?』
矢野が苦笑して窓の外を指差した。大きな窓から見える景色は赤い夕陽に染まる高層ビル群。どうやら都心の高層マンションらしいことは景色をみれば一目瞭然だった。
いいご身分だ。年下のくせに。
「麻布? それとも新宿?」
『おお、なかなかいい線いってる。けど、さっきまで倒れてた女の子をひとりで帰すわけにはいかないでしょ?』
彼はキーケースを服のポケットに入れて玄関に向かっていく。
(矢野くんの女たらし! そうやって今まで何人の女口説いてきたのよ?)
そう言えば今の矢野は普段の派手な柄シャツにジャケットではなく、Tシャツにジーンズ姿だ。昼間会った時は確か赤色の柄シャツを着ていた。
そうして普通の格好をしている彼を見るのは初めてかもしれない。
(あの柄シャツの装備は仕事着ってこと?)