早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 彼女の中で早河の存在がこれまでの男達とは違うことを知っている。
別れていた間も本当は早河に恋心があったことも。

「……うん。もう吹っ切れた。仁が、この前ちゃんと振ってくれたおかげかな。今はあの二人が今後どうなるのか気になってる」

玲夏はビールのジョッキを空にすると薄くメイクをした顔を綻《ほころ》ばせた。元の顔立ちが整っている玲夏は薄化粧でも綺麗だ。

「あの二人って早河さんとなぎさちゃん?」
「そう。なぎさちゃんの気持ちはわかりすぎるくらいにわかりやすいと思うんだけどなぁ。気付いていないのは仁だけね」
「早河さんって刑事としても探偵としても優秀なくせに、女心には鈍感そう」
「いやいや、本当に鈍感なのよ、あいつ」

 玲夏と笑い合うこの瞬間が最高に楽しかった。立ち飲み屋を出て池袋駅まで電車で向かう。
矢野に教えてもらった駅の近くのラーメン屋の客層はほぼ男性。女性二人組の真紀と玲夏は店内でも目立っていた。

「真紀は香道さんのこと、まだ吹っ切れない?」
「吹っ切れてない……こともないんだよ。死んだ人をいつまでも想っていたって仕方ないのもわかってる。けど、カオスを潰して貴嶋を逮捕するまでは香道先輩のことを完全には吹っ切れないかも」

 真紀は初めて矢野とこのラーメン屋を訪れた時に、矢野にオススメされた野菜たっぷりの味噌ラーメンをすすった。ラーメンはとんこつ派の真紀がここの味噌ラーメンには舌鼓《したつづみ》を打った。
自分の人生にいつの間にか矢野の存在が溶け込んでいることを意識せざるをえない。

「真紀も仁も、カオスを倒すまでは自分の幸せを考える気にはならないか」
「私だって女としての幸せは欲しいよ。そりゃあ、いつかは結婚もしたいし子どもも欲しい。誰かが側にいてくれたら……って思うけど……」

 真紀の顔を玲夏が見据えている。小学生からの長い友人関係だ。玲夏には真紀の頭に誰の顔が浮かんでいるのか察しがついている。
真紀の強がりの鎧を壊せるのは……きっと矢野だけだ。
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