早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 刑事時代は感情を表には出さないポーカーフェイスでクールな人間だと思っていた。刑事を辞めてから……なぎさがここで働き始めてから、変化が乏しかった早河の表情も豊かになった。

当の早河となぎさはきっとその変化にも気付いていない。外側から見ることでしか気付かない事象もあるのだ。

「だけど私は警察官です。刑事と情報屋がその……恋愛関係になるのは倫理的にどうなのかなと……」
『そこが引っ掛かっていたのか。矢野は情報屋を本職のようにしてるけど、小山はあいつの表向きの職業、知らないのか?』
「表向きの職業って……情報屋じゃないんですか?」

 真紀が矢野と知り合った時、すでに彼は情報屋だった。情報屋としての矢野しか真紀は知らない。

『まさか矢野が武田財務大臣の甥ってことも知らない?』
「ええっ? 武田財務大臣って……えっ?」
『あいつ……好きな女に教えておくべきこと、何も話してないのか。アホ……』

早河は呆れた溜息を吐いて呟いた。

「情報が意外過ぎて整理できないんですけど、つまり矢野くんは日本の内閣にいる財務大臣の親戚……?」
『そう。武田財務大臣は俺の親父の親友だから俺もタケさんって呼んで昔から世話になってるんだ。矢野はタケさんの妹の子供。矢野の両親はあいつが高校の時に交通事故で死んで、ひとり息子だった矢野は伯父のタケさんに引き取られた。俺と矢野が知り合ったのもそれからだ』

 政治家の伯父を持ちながらも矢野の両親は他界していた。不意に語られた矢野の過去、仕事仲間にしては親しすぎると感じていた矢野と早河の関係。

『タケさんが矢野の保護者になってからは俺も矢野と一緒にいることが多くてさ。歳も近いし弟みたいなものだな』
「早河さんと矢野くんは兄弟みたいだなってずっと思っていました。本当に兄弟のような関係だったんですね。やっと謎が解けました」
『あんなうるさいだけが取り柄の弟の面倒を見るのは大変だけどな。情報屋の仕事ではない、矢野の表向きの職業はタケさんの議員事務所の事務員だ』

面食らった真紀は口を開けて静止した。矢野が議員事務所の事務員? あの矢野が?

「矢野くんが議員事務所の事務って……この世で一番似合わない……」
『俺もそう思う。あれでも事務員バージョンの矢野はスーツ着てネクタイ締めて真面目に働いてる』
「想像つきません……」
『今度お忍びで行ってみろよ。きっと狼狽えて面白いことになるから』

 イタズラな作戦を思い付いたような子供っぽい表情をする早河に向けて、真紀は笑って首を縦に振った。
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