早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
8月17日(Mon)
真紀は自宅のキッチンの前で唸り声を出して立ち尽くした。先程から冷蔵庫を開けたり閉めたりを繰り返している。
(何か作った方がいい? でもそれじゃあ如何《いか》にもあなたを待ってました、って思われるだろうし……)
時間を確認するとちょうど午後6時、約束の時間だ。呼び鈴が鳴ると真紀の肩がビクッと震える。
オートロックを解除し、開けた扉の先にいたのは矢野一輝だった。今日の矢野はトレードマークの柄シャツを着ていなかった。
昨夜、急に矢野から連絡があった。話があるから会いたいと言う矢野に、事件さえ起きなければ17日が休みの予定だと伝え、彼の来訪を承諾した。
矢野が真紀の自宅に入るのは今日が初めてになる。
『お邪魔しまーす』
緊張しているのか、いつもの彼よりも表情は固い。彼は真紀の部屋を見渡して感嘆した。
『うん、真紀ちゃんの部屋、俺のイメージ通り』
「どんなイメージよ」
『あまり女の子っぽいものはなさそうなのに、所々女の子らしいとこ。真紀ちゃんっぽい』
矢野が指差した物は白いソファーの上に置かれたレースのついた水色のクッション。真紀の好きな色は白と水色だ。
「ばか……」
矢野に対して口癖となっている憎まれ口も今日は気恥ずかしい。矢野の味には遠く及ばないが、真紀は二人分のコーヒーを作った。
白いソファーに並んで座って、コーヒーを飲む。
『そのピアス、俺がホワイトデーにあげたやつ?』
「……うん。なんとなく…つけてみた」
ボブヘアの隙間から見える一粒ダイヤのピアスに真紀は触れる。今年のホワイトデーに矢野から貰ったこのピアスをつけたのも今日が初めてだ。
『似合ってる。可愛い』
彼のたった一言で身体中が熱くなる。こんな風に矢野の言葉に照れたり恥ずかしくなったりしたのはいつ頃からか、思い出せない。
真紀の作ったコーヒーを飲む矢野の口元にはまだ先週襲撃された痕跡が残っている。
「傷、大丈夫?」
『平気平気。あのさ……この前はごめんね。心配してくれたのに関係ないとか言って……』
コーヒーカップをテーブルに置いた矢野は真紀に頭を下げた。
「いいよ。早河さんに聞いたよ。あの時はまだ追われていたんだよね」
『あー……うん。まぁ……』
矢野はバツが悪そうに口ごもる。饒舌な矢野がここまでしどろもどろになるのも珍しい。
「話ってそのこと?」
『いや……それだけじゃなくて、俺……真紀ちゃんに会うのもう止めようと思う』
「……え?」
『俺はこの前みたいなこと頻繁にあるし、そのたびに真紀ちゃんに心配かけて泣かせるの嫌なんだ。真紀ちゃんは刑事だけど、俺のとばっちり受けて危ない目には遭ってほしくない』
突然の絶縁宣言に真紀は言葉を失った。
『真紀ちゃんもいい加減、俺にうろちょろされるのは迷惑だろ? 情報なら上野さんを通して伝えられるから、俺はもう真紀ちゃんには近付かない方がいいんじゃないかって……』
「ちょっと待ってよ!」
思いの外、大きな声が出ていた。矢野が目を見開いて驚いている。
真紀は自宅のキッチンの前で唸り声を出して立ち尽くした。先程から冷蔵庫を開けたり閉めたりを繰り返している。
(何か作った方がいい? でもそれじゃあ如何《いか》にもあなたを待ってました、って思われるだろうし……)
時間を確認するとちょうど午後6時、約束の時間だ。呼び鈴が鳴ると真紀の肩がビクッと震える。
オートロックを解除し、開けた扉の先にいたのは矢野一輝だった。今日の矢野はトレードマークの柄シャツを着ていなかった。
昨夜、急に矢野から連絡があった。話があるから会いたいと言う矢野に、事件さえ起きなければ17日が休みの予定だと伝え、彼の来訪を承諾した。
矢野が真紀の自宅に入るのは今日が初めてになる。
『お邪魔しまーす』
緊張しているのか、いつもの彼よりも表情は固い。彼は真紀の部屋を見渡して感嘆した。
『うん、真紀ちゃんの部屋、俺のイメージ通り』
「どんなイメージよ」
『あまり女の子っぽいものはなさそうなのに、所々女の子らしいとこ。真紀ちゃんっぽい』
矢野が指差した物は白いソファーの上に置かれたレースのついた水色のクッション。真紀の好きな色は白と水色だ。
「ばか……」
矢野に対して口癖となっている憎まれ口も今日は気恥ずかしい。矢野の味には遠く及ばないが、真紀は二人分のコーヒーを作った。
白いソファーに並んで座って、コーヒーを飲む。
『そのピアス、俺がホワイトデーにあげたやつ?』
「……うん。なんとなく…つけてみた」
ボブヘアの隙間から見える一粒ダイヤのピアスに真紀は触れる。今年のホワイトデーに矢野から貰ったこのピアスをつけたのも今日が初めてだ。
『似合ってる。可愛い』
彼のたった一言で身体中が熱くなる。こんな風に矢野の言葉に照れたり恥ずかしくなったりしたのはいつ頃からか、思い出せない。
真紀の作ったコーヒーを飲む矢野の口元にはまだ先週襲撃された痕跡が残っている。
「傷、大丈夫?」
『平気平気。あのさ……この前はごめんね。心配してくれたのに関係ないとか言って……』
コーヒーカップをテーブルに置いた矢野は真紀に頭を下げた。
「いいよ。早河さんに聞いたよ。あの時はまだ追われていたんだよね」
『あー……うん。まぁ……』
矢野はバツが悪そうに口ごもる。饒舌な矢野がここまでしどろもどろになるのも珍しい。
「話ってそのこと?」
『いや……それだけじゃなくて、俺……真紀ちゃんに会うのもう止めようと思う』
「……え?」
『俺はこの前みたいなこと頻繁にあるし、そのたびに真紀ちゃんに心配かけて泣かせるの嫌なんだ。真紀ちゃんは刑事だけど、俺のとばっちり受けて危ない目には遭ってほしくない』
突然の絶縁宣言に真紀は言葉を失った。
『真紀ちゃんもいい加減、俺にうろちょろされるのは迷惑だろ? 情報なら上野さんを通して伝えられるから、俺はもう真紀ちゃんには近付かない方がいいんじゃないかって……』
「ちょっと待ってよ!」
思いの外、大きな声が出ていた。矢野が目を見開いて驚いている。