早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 神社の境内の出店も回り、いよいよ花火の時間が迫っている。花火を見るための場所取り合戦があちらこちらで始まっていた。

 早河と有紗は境内に続く長い階段の段差に腰を降ろす。早河達がいるのは階段のちょうど中腹辺りだ。

周囲の人々を見ると家族連れやカップル、友達同士で肩を並べて花火が始まるのを今か今かと待っている。

 花火の前のそわそわと高揚感の高まる雰囲気は嫌いじゃない。イベント事は何でもそうだが始まる前が一番楽しい。

『お前さぁ、花火や祭りに連れて行ってくれる彼氏見つけろよ』
「いるじゃん、ここに」

たこ焼きを頬張る有紗が口をモゴモゴ動かしてピンク色の爪で早河を指差した。

『だから俺じゃなくてちゃんとした彼氏作れって言ってんだよ』
「私は早河さんがいればそれでいいの。タコ焼きいる?」

有紗が差し出したタコ焼きを早河は口に入れた。必然的に有紗に食べさせてもらう形になってしまった。

(俺がいればいいってものでもないだろ……)

 タコ焼きを咀嚼しつつ横目で有紗を見る。有紗には普通の男と一般的な恋愛をしてもらいたい。
自分が有紗の相手になるには年齢差を差し引いても色々と厄介事を抱え過ぎている。

有紗の抱える心の傷を受け止めてくれる男が現れたら、早河は安心して親戚のおじさんポジションに収まることができるが、有紗は早河を親戚のおじさんポジションに居させる気はないらしい。

 一発目、二発目と花火が打ち上がる。頭上には火の花が咲き乱れ、耳には花火が弾ける音と人々の歓声、肩には有紗の頭の重み、握った手から伝わる有紗の体温。

密着した有紗の身体から溢れる女の匂いが早河をさらに困惑させた。

(ああ……早く花火終わってくれ。このままの状態はキツイ。そろそろ子供扱いも限界ってことなのか?)

 どうしたものか、花火よりも触れてくる有紗の成熟してきた身体の方に意識が向いてしまうのは男の性《さが》か。

「こうしてると私達も恋人同士に見えるかな?」
『見えねぇだろ。せいぜい親戚のおじさんと姪っ子だ』

 恋人に見られても困る。だが親戚のおじさんと姪が手を繋いで花火を見る状況もよく考えれば大問題だ。
姪が小学生ではなく高校生なら尚更、あらぬ疑惑を持たれてしまう。

(援交に見られるよりは、訳ありの親戚のおじさんと姪の方がまだマシか……)

早河の右手は有紗の左手と指を絡ませて繋がれている。これではどこからどう見ても、恋人だ。

「つれないなぁ。私だってもうすぐ18歳になるんですよー。少しずつ大人になってるんだから」

 拗ねた口調で言うと、有紗は身体を前に倒して早河の胸元に顔を埋めた。早河は左手で有紗の髪を撫でてやる。
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