早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 朝田巡査も守山巡査も大きな勘違いをしている。まずひとつは、有紗とは如何わしい関係ではない。周りからはどう見られていたのかは考えないことにしよう。

 ふたつめはこれは浮気ではない。朝田と守山の最大の勘違いは、助手の香道なぎさを早河の恋人だと思い込んでいるところだ。

なぎさとは恋人ではない。有紗と二人で夏祭りに出掛けたとしても、なぎさに対してやましいことは何もない。

(有紗と祭りに行ったことをなぎさに知られても別に……)

 別に知られても構わない、とは素直に思えなかった。なぎさには知られたくないような、彼女に聞かれなければ今日のことは話したくないような、そんな気持ちになっているのは何故?

(考えるのも面倒だな……)

 有紗がなぎさに話さない限りは、今日のことが なぎさに知られることはない。なぎさが夏祭りに行きたがっている様子はなかったし、誰か他に一緒に行く相手がいてすでに祭りに行ったかもしれない。
今は深く考えないことにした。

「ねぇ早河さーん」

早河の腕に腕を絡ませて歩く有紗が立ち止まる。

『なんだ?』
「お父さん今日は出張で帰って来ないの」

上目遣いに早河を見る有紗の瞳は何かを訴えている。

『寝る時は戸締まりしっかりしろよ』
「そうじゃなくてぇ!」

彼女はじれったそうに早河の腰に両手を回した。有紗の言いたいことは早河にも予想がつく。

「早河さんの家に泊まっちゃダメ?」

ませた野良猫のワガママは予想通りだった。

『ダメ。送るからちゃんと家に帰りなさい』
「えー。一緒に寝ようよぉ」
『お泊まり会ならなぎさとやれ』
「早河さんとお泊まり会したーい」

 30代独身男性の家に泊まりたいと言い出す有紗は一体どういうつもりなのか。無論、早河に手を出されることを前提の話なのだろう。

口を尖らせて抗議する有紗はまだまだ子供に見えて早河は少しだけ安堵する。少女と女の境目の不安定な色気に酔わされるよりは、ワガママで困らされる方がまだいい。
< 157 / 171 >

この作品をシェア

pagetop