早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
「リオって人のことどう思ってるの?」

莉央の名を出すとポーカーフェイスな隼人の顔に狼狽の色が見えた。

『どうして今、寺沢莉央の名前が出てくるんだよ?』
「私が静岡に行く前と、隼人が刺されて意識を取り戻してからとで、隼人の私への態度が変わってた。私の目を見なくなってた」
『別に……そんなことない』
「今だってそう。どうして私から目をそらすの? いつも堂々としてる隼人らしくないよ」

 美月の勘の鋭さと正直さは時として諸刃の刃となる。彼女はいつでも真っ直ぐだ。

その真っ直ぐな瞳を佐藤瞬と木村隼人と松田宏文は愛した。
彼女の瞳の前では誰も嘘はつけない。

「私がしたことはいけないことだよ。馬鹿なことしたって思ってるし、隼人も、サークルの先輩も傷付けた。だけど……私を不安にさせてるのは隼人のその態度なんだよ。隼人は時々、私以外の誰かを見てる。そんな感じがするの。それってリオって人のこと考えているんじゃないの?」

 次第に流れる涙が固く握り締めた美月の手の甲に落ちる。隼人はソファーを離れ、窓際に寄りかかった。

『もし仮に、俺が寺沢莉央のことを考えてるとしても……じゃあ美月はどうなんだよ? 俺が何も気付いていないとでも思ってるのか? お前だって俺といる時に佐藤のこと思い出してるだろ? そんなの見てりゃわかるんだよ』

隼人の口調に普段の優しさはない。鋭利な言葉の刃が美月の心を切り刻む。

「隼人は私が佐藤さんをまだ好きなことを知ってる。私も知りたいの。隼人は……リオさんが好きなの?」

 緊張の沈黙の後に隼人が重たい口を開いた。

『好きだよ。俺は寺沢莉央に惚れてる』

 心が砕ける音がした。痛くて苦しくて切なくて、好きなのに、こんなに好きなのに。

 隼人の答えを聞いた美月が泣きながら玄関を飛び出した。玄関の扉が閉まると同時に隼人はその場にうずくまる。

『相変わらずとことん真っ直ぐぶつかる奴だよな……』

明らかに悪いのは自分だ。言うつもりもなかった佐藤の話まで持ち出して美月を傷付けた。
これで美月と別れることになっても仕方ない……いや、美月を手離したくない。

 隼人は玄関を飛び出した。ホールのエレベーターは作動しておらず、階段の方から足音が響いていた。
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