早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
『彼氏の本音がわかっても意外とすっきりした顔には見えないな』
「聞きたいことは聞けたので、すっきりはしました。ただ……このままでは終わらないような……そんな気がして」
言い終えた美月の目が大きく見開き、彼女は「あっ」と声を漏らした。
『どうした?』
怪訝に思った松田が話しかけても美月には彼の声は届かない。美月は何か、予想外のものを見た時のような、驚愕の表情をしている。
「先輩、ごめんなさい。私ここで失礼します。今夜の飲み会には行きますから、またその時に」
『え? おい……』
困惑する松田に早口で告げて美月はゆるやかにカーブする回廊を駆け出した。
美月と松田がいた吹き抜けの回廊は南側と北側で分かれている。彼女は回廊のカーブを曲がって今までいた南側から北側の回廊に入った。
ここに先ほど現れた人物……遠目だったが、回廊の反対側から美月を見据えていた人物に見覚えがあった。
(一瞬だったけどあの人は……)
ドクンドクンと心臓が緊張の脈打ちをしている。足も震えて上手く進めない。
北側の回廊からは十字路の廊下が伸びている。その人物の姿はすでにない。十字路の廊下のどこかを通って行ったはずだ。
(何やってるんだろう。こんなところに“あの人”がいるはずないのに)
回廊から十字路を見回して立ち尽くす美月の肩に大きな手が触れた。彼女はビクッと肩を揺らして振り向いた。
「……松田先輩っ! どうして……」
『どうしてじゃないだろ。いきなり走り出したかと思えば今度はそんな忍び足で廊下の様子窺って……ただ事じゃないオーラ出まくり』
美月を追ってきた松田が十字路に目を向けた。
『誰を見つけて追いかけてるのか知らないけど、頼むから危険なことには首突っ込まないでくれよ。心配になる』
「ごめんなさい。たぶん……私の勘違いです」
(きっと気のせい。こんなところにいるはずない。いるはず……)
足音が近付いてくる。あの人物の象徴である優雅な歩調の足音が少しずつ大きくなって近付いてくる。
『私を追いかけて来たのだろう?』
足音が廊下と回廊の狭間で鳴り止んだ。
体が萎縮して動かない。声を発したくても声が出ない。
鼓動が速い。どんどん、どんどん、速くなる。
『私のこと、覚えていてくれたんだね』
回廊と廊下の狭間に立つ男は以前と変わらず全身を黒に覆われていた。黒いシャツに黒のスラックス、綺麗に磨かれた黒い革の靴。
「キング……」
美月はこの男を表すのにこれ以上はない呼称を口にした。そう、この男はキング。
「聞きたいことは聞けたので、すっきりはしました。ただ……このままでは終わらないような……そんな気がして」
言い終えた美月の目が大きく見開き、彼女は「あっ」と声を漏らした。
『どうした?』
怪訝に思った松田が話しかけても美月には彼の声は届かない。美月は何か、予想外のものを見た時のような、驚愕の表情をしている。
「先輩、ごめんなさい。私ここで失礼します。今夜の飲み会には行きますから、またその時に」
『え? おい……』
困惑する松田に早口で告げて美月はゆるやかにカーブする回廊を駆け出した。
美月と松田がいた吹き抜けの回廊は南側と北側で分かれている。彼女は回廊のカーブを曲がって今までいた南側から北側の回廊に入った。
ここに先ほど現れた人物……遠目だったが、回廊の反対側から美月を見据えていた人物に見覚えがあった。
(一瞬だったけどあの人は……)
ドクンドクンと心臓が緊張の脈打ちをしている。足も震えて上手く進めない。
北側の回廊からは十字路の廊下が伸びている。その人物の姿はすでにない。十字路の廊下のどこかを通って行ったはずだ。
(何やってるんだろう。こんなところに“あの人”がいるはずないのに)
回廊から十字路を見回して立ち尽くす美月の肩に大きな手が触れた。彼女はビクッと肩を揺らして振り向いた。
「……松田先輩っ! どうして……」
『どうしてじゃないだろ。いきなり走り出したかと思えば今度はそんな忍び足で廊下の様子窺って……ただ事じゃないオーラ出まくり』
美月を追ってきた松田が十字路に目を向けた。
『誰を見つけて追いかけてるのか知らないけど、頼むから危険なことには首突っ込まないでくれよ。心配になる』
「ごめんなさい。たぶん……私の勘違いです」
(きっと気のせい。こんなところにいるはずない。いるはず……)
足音が近付いてくる。あの人物の象徴である優雅な歩調の足音が少しずつ大きくなって近付いてくる。
『私を追いかけて来たのだろう?』
足音が廊下と回廊の狭間で鳴り止んだ。
体が萎縮して動かない。声を発したくても声が出ない。
鼓動が速い。どんどん、どんどん、速くなる。
『私のこと、覚えていてくれたんだね』
回廊と廊下の狭間に立つ男は以前と変わらず全身を黒に覆われていた。黒いシャツに黒のスラックス、綺麗に磨かれた黒い革の靴。
「キング……」
美月はこの男を表すのにこれ以上はない呼称を口にした。そう、この男はキング。