早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 誰もが彼の圧倒的な力の前にひれ伏し、崇める。現代の日本の裏社会を牛耳る存在。

『美月。また会えて嬉しいよ』

 彼の名は犯罪組織カオスのキング、貴嶋佑聖。貴嶋はゆったりとした歩調で回廊へ進み出る。
美月は一歩後ずさった。顔を強張らせる美月の様子が尋常じゃないと悟った松田が、彼女を自分の背中に隠した。

『おや? 2年前と随分、態度が違うじゃないか。その様子だと、さては上野警部にでも私の素性を聞いたのかな?』
『失礼ですが、どちら様ですか? 大学の関係者には見えませんが……』

 美月を守るように彼女の前に立つ松田が貴嶋を威嚇する。貴嶋は松田の威嚇など意に介さない素振りで、スラックスのポケットに両手を入れて立ち止まった。

『私が何者かは彼女が知っている。そうだろう?』
「……何しに来たの?」

 やっとの思いで絞り出した声は震えている。美月は松田の服の裾を握り締め、松田も美月の手に触れた。そうしていないと彼女は立っていられなかった。

『美月に会いに来たんだよ』
「ふざけないで!」

しれっと答えた貴嶋を松田の背中越しに睨み付けた。貴嶋は肩をすくめてかぶりを振る。

『君が大学生になったらまた会おうと約束したよね。美月がここの学生でなければ私はここに来ていないよ』

また貴嶋が一歩前に出るが、美月は松田の背に顔を隠した。

『怖がるくせに好奇心は旺盛だね。私の姿を見つけて追いかけて来たのだろう?』
「それは……あなたに聞きたいことがあったから」
『何かな? 君の質問には何でも答えてあげよう。かくれんぼさん、出ておいで。その可愛い顔を私に見せてくれないかな?』

 観念して美月は松田から離れて一歩前に出た。制止する松田に一瞥をくれて美月は貴嶋と対峙する。

「あなたの正体も佐藤さんのことも、上野さんにすべて聞きました」
『それで?』

貴嶋は穏やかに微笑んでいる。何故そんなに悠々としていられるのか美月には疑問だ。

「佐藤さんを殺したのはあなたなの?」

 穢《けが》れのない真っ直ぐな瞳が貴嶋を捉えた。
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