早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
8月30日(Sun)
山内慎也はウイスキーを注いだグラスを手にして棚の上の金魚鉢に近付いた。ころんとした丸い形の金魚鉢には水草と水だけが入っている。そこに金魚はいない。
グラスを金魚鉢に軽く触れさせた。カチッと甲高い音が室内に響く。
今日は杏奈の命日。3ヶ月の恋人期間が終了した日だ。
グラスを傾けてウイスキーを喉に流し入れると、ノックの音が聞こえた。彼はグラスを置いて扉を開ける。
『お待ちしていました。クイーン』
山内は笑顔で寺沢莉央を出迎えた。彼女は山内の部屋のソファーに座り、彼が飲んでいるウイスキーのボトルを持ち上げる。莉央の知らない銘柄だった。
「話って何?」
『ケルベロスのことです』
「ケルベロスがどうかしたの?」
莉央の隣に座った彼の手には黒い小型の部品が握られている。
『これはケルベロスの車につけていたGPSの発信器です』
「どうしてそんなものをケルベロスの車に?」
『彼、最近こちらに顔を出しませんよね。本職が繁盛しているのもあるのでしょうが、この夏はケルベロスにしては奇妙なほどこちらへの出入りが少なくなっていました』
「スパイダーって、人に無関心なフリして人のことをよく見ているのね」
ふふっと笑い声を漏らした莉央は彼が持つGPSの発信器を手にした。
「それでこの発信器をつけてケルベロスの動向を探っていたの?」
『はい。発信器をつけたのは先月と今月の2ヶ月間。この2ヶ月の間にケルベロスは頻繁に群馬に出向いています』
「群馬ねぇ。彼の出身は東京よね?」
『確かそうですよ。それにケルベロスに里帰りをする家はありません。群馬に何の用事があったのか……』
手の中の小さな部品を転がして弄ぶ莉央の耳元に山内は口を近付けた。
『クイーンの指示ではないのですか?』
「私は何も指示は出してないわよ」
『ではキングの指示でしょうか? 僕の感覚ではケルベロスはどちらかと言えば、キングよりもクイーンの駒だと思っていたのですが。ケルベロスは貴女にご執心でしょう?』
山内の指が莉央のゆるく巻かれた髪に絡み付く。莉央は妖艶な目元を細め、微笑する。
「そういうあなたは私とキングのどちらの駒かな?」
『さぁ? どちらでしょうね?』
互いの額をつけて近距離で見つめ合う莉央と山内は二人して声を潜めて笑っていた。
山内慎也はウイスキーを注いだグラスを手にして棚の上の金魚鉢に近付いた。ころんとした丸い形の金魚鉢には水草と水だけが入っている。そこに金魚はいない。
グラスを金魚鉢に軽く触れさせた。カチッと甲高い音が室内に響く。
今日は杏奈の命日。3ヶ月の恋人期間が終了した日だ。
グラスを傾けてウイスキーを喉に流し入れると、ノックの音が聞こえた。彼はグラスを置いて扉を開ける。
『お待ちしていました。クイーン』
山内は笑顔で寺沢莉央を出迎えた。彼女は山内の部屋のソファーに座り、彼が飲んでいるウイスキーのボトルを持ち上げる。莉央の知らない銘柄だった。
「話って何?」
『ケルベロスのことです』
「ケルベロスがどうかしたの?」
莉央の隣に座った彼の手には黒い小型の部品が握られている。
『これはケルベロスの車につけていたGPSの発信器です』
「どうしてそんなものをケルベロスの車に?」
『彼、最近こちらに顔を出しませんよね。本職が繁盛しているのもあるのでしょうが、この夏はケルベロスにしては奇妙なほどこちらへの出入りが少なくなっていました』
「スパイダーって、人に無関心なフリして人のことをよく見ているのね」
ふふっと笑い声を漏らした莉央は彼が持つGPSの発信器を手にした。
「それでこの発信器をつけてケルベロスの動向を探っていたの?」
『はい。発信器をつけたのは先月と今月の2ヶ月間。この2ヶ月の間にケルベロスは頻繁に群馬に出向いています』
「群馬ねぇ。彼の出身は東京よね?」
『確かそうですよ。それにケルベロスに里帰りをする家はありません。群馬に何の用事があったのか……』
手の中の小さな部品を転がして弄ぶ莉央の耳元に山内は口を近付けた。
『クイーンの指示ではないのですか?』
「私は何も指示は出してないわよ」
『ではキングの指示でしょうか? 僕の感覚ではケルベロスはどちらかと言えば、キングよりもクイーンの駒だと思っていたのですが。ケルベロスは貴女にご執心でしょう?』
山内の指が莉央のゆるく巻かれた髪に絡み付く。莉央は妖艶な目元を細め、微笑する。
「そういうあなたは私とキングのどちらの駒かな?」
『さぁ? どちらでしょうね?』
互いの額をつけて近距離で見つめ合う莉央と山内は二人して声を潜めて笑っていた。