早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
5月29日(Fri)午前10時
総合文化学部の柴田准教授の殺人事件で明鏡大学は騒ぎになっていた。大学の前には報道陣が押し寄せ、学生達にカメラを向けてインタビューを試みている。
捜査一課刑事の小山真紀は職員の案内で総合文化学部の学部棟に入った。スーツを着た真紀を通りかかる学生達がチラチラ見ている。
『学生達も動揺していますので、話は手短に……』
「わかっています。充分に配慮致しますので」
総合文化学部の講義室には柴田准教授が受け持っていたゼミ生が集まっている。明鏡大学は2年生からゼミがあり、2年から4年生の学生が学年ごとに着席していた。
真紀が渡されたゼミ生の名簿には彼女の名前があった。3年前の2006年に静岡で起きた殺人事件の関係者だった浅丘美月。
(3年前のあの子か……)
真紀は3年前に美月に会っている。警視庁を訪れた美月の事情聴取を担当したのは真紀の上司の上野と、当時は刑事であった早河仁だ。
真紀は美月の事情聴取に立ち会っていた。美月は真紀のことを覚えていないだろう。
3年前の件は思い出さない方がいい。あの事件の一番の被害者は浅丘美月なのだから。
講義室の中にいるゼミ生はほとんどが女子学生だった。もともと総合文化学部の学生は男子より女子の比率が高いが、柴田准教授のゼミは女子学生が多いことで有名だった。
教壇の前に立った真紀は講義室を見渡した。大学に通った経験のない彼女にとってこれほど広い教室はもはや異空間だ。
どこを見ても女だらけの世界に辟易《へきえき》する。
「警視庁捜査一課の小山です。皆さん、柴田先生があんなことになって驚いているよね。柴田先生の事件は殺人事件として捜査を進めることになりました」
講義室がざわついた。女のお喋りは一度始まるとなかなか治まらないと真紀は同性だからこそ知っている。こんな時でも女はお喋りだ。
(大学生相手はやりにくいなぁ。女には女って警部は言うけど、女子大生への聴取なら原さんの方が向いてるんじゃないの?)
女の扱いならば同僚の原昌也が適任だろう。今からでも原に担当を変わってもらいたいくらいだ。
「静かに。皆、私の話を聞いてくれますか?」
真紀が少し大きな声を出した途端に室内が静まり返った。これでもお喋りが終わらなければ、教卓を蹴り飛ばしてでも静かにさせるつもりだった。
総合文化学部の柴田准教授の殺人事件で明鏡大学は騒ぎになっていた。大学の前には報道陣が押し寄せ、学生達にカメラを向けてインタビューを試みている。
捜査一課刑事の小山真紀は職員の案内で総合文化学部の学部棟に入った。スーツを着た真紀を通りかかる学生達がチラチラ見ている。
『学生達も動揺していますので、話は手短に……』
「わかっています。充分に配慮致しますので」
総合文化学部の講義室には柴田准教授が受け持っていたゼミ生が集まっている。明鏡大学は2年生からゼミがあり、2年から4年生の学生が学年ごとに着席していた。
真紀が渡されたゼミ生の名簿には彼女の名前があった。3年前の2006年に静岡で起きた殺人事件の関係者だった浅丘美月。
(3年前のあの子か……)
真紀は3年前に美月に会っている。警視庁を訪れた美月の事情聴取を担当したのは真紀の上司の上野と、当時は刑事であった早河仁だ。
真紀は美月の事情聴取に立ち会っていた。美月は真紀のことを覚えていないだろう。
3年前の件は思い出さない方がいい。あの事件の一番の被害者は浅丘美月なのだから。
講義室の中にいるゼミ生はほとんどが女子学生だった。もともと総合文化学部の学生は男子より女子の比率が高いが、柴田准教授のゼミは女子学生が多いことで有名だった。
教壇の前に立った真紀は講義室を見渡した。大学に通った経験のない彼女にとってこれほど広い教室はもはや異空間だ。
どこを見ても女だらけの世界に辟易《へきえき》する。
「警視庁捜査一課の小山です。皆さん、柴田先生があんなことになって驚いているよね。柴田先生の事件は殺人事件として捜査を進めることになりました」
講義室がざわついた。女のお喋りは一度始まるとなかなか治まらないと真紀は同性だからこそ知っている。こんな時でも女はお喋りだ。
(大学生相手はやりにくいなぁ。女には女って警部は言うけど、女子大生への聴取なら原さんの方が向いてるんじゃないの?)
女の扱いならば同僚の原昌也が適任だろう。今からでも原に担当を変わってもらいたいくらいだ。
「静かに。皆、私の話を聞いてくれますか?」
真紀が少し大きな声を出した途端に室内が静まり返った。これでもお喋りが終わらなければ、教卓を蹴り飛ばしてでも静かにさせるつもりだった。