早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 お喋りが静まった講義室ではうつむく者、携帯電話を弄る者、化粧をしている者、様々だった。

「柴田先生を殺した犯人を捕まえるために、皆さんの協力が必要です。柴田先生はどんな先生だった? なんでもいいの。私に先生の話をしてくれないかな?」

 最初は誰も話さなかった。噂話はいつまでも話しているくせに本題になると口をつぐむ。
大勢の前では話しにくい、自分が言わなくても誰かが話してくれる……そんな甘えが人にはある。

 真紀が根気よく待ち続けて数分後、ひとりの女子学生が口を開いた。

「……いい先生だったよね」
「うん、優しかったしゼミも面白かった」

ひとりの発言をきっかけとして他の学生もどんどん口を開く。

「だけどちょっとセクハラっぽいとこあったよね」
「あったあった。お気に入りの子をプレゼンのチームリーダーに指名したりね」
「リーダーになると先生の部屋に呼ばれたりもするしねぇ」

 女子学生のお喋りはあっという間に講義室に広がる。お喋り好きな学生達のおかげで、真紀は柴田の人物像を掴めた。

(先生としての評価は高いけどセクハラのようなことはあったわけか。気が滅入るな……)

「そういえば浅丘さんも柴田先生に気に入られていたよねぇ?」

 わざとらしい甲高い声が講義室に響く。その声に反応した何人かの学生の視線が、ある女子学生に向いた。

窓際の席の前から三列目に座る女子学生は顔を強張らせた。彼女が浅丘美月だ。

「気に入られていたって、そんなことはないと思いますけど……」

 3年振りに見る浅丘美月はあの頃の面影を残しながらも大人の女性に近付いていた。

真紀は美月の視線の先を追う。美月の席から少し離れた席に座る女子学生が挑発的な微笑みを向けていた。あの辺りまでが2年生の座席だと聞いている。

「そうかなぁ? 私には柴田先生に気に入られているように見えたよ。浅丘さんは1年生の頃からよくチームリーダーに指名されていたじゃない?」

 美月を名指しした女子学生は茶髪のロングヘアーの毛先を弄んでいた。美月は何かを言い返そうとしたが、隣の席の学生に止められて口をつぐんだ。

美月の隣にいるのは彼女の友達のようだ。他の学生の好奇の眼差しが美月に向いている。

「皆さん、ありがとうございました。柴田先生の人となりはだいたいわかりました。あとは個別にお話を伺うことがあるかもしれません。その時はご協力お願いしますね」

 四面楚歌な状況の美月を見ていられなかった真紀はこの場を打ち切ることにした。
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