早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 膝の上で固く結ばれた美月の拳が何かを訴えかけている。

「柴田先生に何かされたことがある?」

 美月の心を傷つけないように真紀は慎重に言葉を選ぶ。荷が重い役割ではあるが、これは男の上野警部や原刑事には務まらない。
女の真紀だからこそ聞き出せる話がある。

「特に何かをされた覚えはないです。でも南さんも言っていましたけど、1年生の時から柴田先生が私を班のリーダーに指名することはありました。用もないのに先生の部屋に呼ばれて、コーヒーを飲んでいけと言われることもあって。最近は学生との距離が近いと言うか……」
「距離が近いと言ってもフレンドリーとは違うのね?」
「はい。何て言うんだろ……頭を撫でたり、肩を組んできたり、たまに柴田先生の視線が気持ち悪いと思う時があったんです。そういうセクハラっぽいことをする先生でした」

 柴田は立場を利用して美月や多数の女子学生にセクハラまがいの行いをしていた。被害者の柴田に憤りを感じる。

その柴田を殺した犯人を逮捕するために、こうして美月に話を聞かなければならない刑事という職業はつくづく嫌な役回りだ。

「そうだ。これに見覚えある?」

 真紀は美月に写真を渡した。殺された柴田の研究室に落ちていたピンク色のリップクリームの写真だ。
彼女は写真を見て「あっ……」と声を漏らす。

「これ……私が使っているリップクリームと同じ物です」
「そのリップクリーム持ってる?」
「失くしちゃったんです」
「失くしたのはいつ頃?」
「今週に入って……水曜日くらいに失くなっていることに気付きました。家にもなくて、バイト先にも落ちてなかったから学校で落としたのかな……」

(まさかこのリップクリームは美月ちゃんの物? 柴田の携帯には美月ちゃんとのメール履歴があった。……どういうこと?)

< 20 / 171 >

この作品をシェア

pagetop