早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
──「これで彼氏とも別れたらいいのにね」
──「彼氏と雑誌に載ったりしてムカつくよね」
──「男はみんなあの子はそんなことしないって庇ってんだけど、なにあれ。私の彼氏も浅丘美月を庇うの」
──「彼氏以外の男にも私って可愛いでしょって色目使ってさぁ。男って可愛いぶりっこにコロッと騙されるバカだよね」
──「柴田殺したの浅丘美月って噂だよ。あの子のリップクリームが柴田が殺された研究室に落ちてたんだって」
──「売春して人殺しって最悪。もう学校来るなよ」
噂話に耳を塞ぎたくなる。美月に向けられる眼差しは好奇、軽蔑、嫉妬。噂を囁くのはほとんどが女子学生だった。
その人々の中にはこれまで親しくしていた同級生も数人いて、皆が手のひら返しに美月を非難する。
(違う。私は柴田先生を殺してない。柴田先生と私は何もないっ!)
人間の怖さを思い知った。本当に怖いのは犯罪者ではないのかもしれない。
本当に怖いのは、“殺人をしない人殺し”達。
ナイフや銃を用いなくとも人は言葉だけで簡単に人を殺せる。言葉の暴力で正義を気取って人を裁く者達こそ、犯罪者よりも恐ろしい。
『浅丘さん』
「松田先輩……」
所属するサークルの先輩の松田宏文と中庭で遭遇した。松田は経済学部の4年生だ。
『色々と変な噂流れてるね』
「先輩もあのチェーンメール見たんですか?」
『メールは俺のとこにも回ってきた。腹立ったからすぐに消したよ。詳しい事情はわからないけど俺は浅丘さんの人柄はわかってるつもり』
いつもと変わらない松田の笑顔に安堵したのも束の間、中庭を通る女子学生の視線を感じて美月はうつむく。
「私と一緒にいると、先輩まで悪口言われますよ?」
『俺は構わないよ。言いたい奴は言えばいい。自分が浅丘さんの立場にされたら、どんな気持ちになるかも考えられないような馬鹿がうちの大学に多いなんて残念だ』
わざと大きな声で発した松田の言葉を聞いた女子学生達がそそくさとその場を去った。それを見た美月は少しだけ笑顔になる。
「先輩、見かけによらず売られた喧嘩は買う派ですか?」
『まぁね。こんなことしかできないけど、出来る限り力になるから。サークルのメンバーもみんな浅丘さんを信じてる』
「ありがとうございます。……やだなぁ。朝から泣いてばっかり」
泣き笑いする美月に無意識に伸ばしかけた手を彼は理性で止めた。
『彼氏にはこの件は話したの?』
「はい。心配だから学校まで迎えに行くって言い出すんですよ。あっちは仕事で忙しいのに」
『お、さっそくノロケ出たねぇ。過保護な彼氏でいいじゃないか。でも彼氏もわかってくれていて良かったね』
今、美月の頭に思い浮かんでいるのはおそらく彼氏の顔だ。わかっている。わかっていることなのに。
──「彼氏と雑誌に載ったりしてムカつくよね」
──「男はみんなあの子はそんなことしないって庇ってんだけど、なにあれ。私の彼氏も浅丘美月を庇うの」
──「彼氏以外の男にも私って可愛いでしょって色目使ってさぁ。男って可愛いぶりっこにコロッと騙されるバカだよね」
──「柴田殺したの浅丘美月って噂だよ。あの子のリップクリームが柴田が殺された研究室に落ちてたんだって」
──「売春して人殺しって最悪。もう学校来るなよ」
噂話に耳を塞ぎたくなる。美月に向けられる眼差しは好奇、軽蔑、嫉妬。噂を囁くのはほとんどが女子学生だった。
その人々の中にはこれまで親しくしていた同級生も数人いて、皆が手のひら返しに美月を非難する。
(違う。私は柴田先生を殺してない。柴田先生と私は何もないっ!)
人間の怖さを思い知った。本当に怖いのは犯罪者ではないのかもしれない。
本当に怖いのは、“殺人をしない人殺し”達。
ナイフや銃を用いなくとも人は言葉だけで簡単に人を殺せる。言葉の暴力で正義を気取って人を裁く者達こそ、犯罪者よりも恐ろしい。
『浅丘さん』
「松田先輩……」
所属するサークルの先輩の松田宏文と中庭で遭遇した。松田は経済学部の4年生だ。
『色々と変な噂流れてるね』
「先輩もあのチェーンメール見たんですか?」
『メールは俺のとこにも回ってきた。腹立ったからすぐに消したよ。詳しい事情はわからないけど俺は浅丘さんの人柄はわかってるつもり』
いつもと変わらない松田の笑顔に安堵したのも束の間、中庭を通る女子学生の視線を感じて美月はうつむく。
「私と一緒にいると、先輩まで悪口言われますよ?」
『俺は構わないよ。言いたい奴は言えばいい。自分が浅丘さんの立場にされたら、どんな気持ちになるかも考えられないような馬鹿がうちの大学に多いなんて残念だ』
わざと大きな声で発した松田の言葉を聞いた女子学生達がそそくさとその場を去った。それを見た美月は少しだけ笑顔になる。
「先輩、見かけによらず売られた喧嘩は買う派ですか?」
『まぁね。こんなことしかできないけど、出来る限り力になるから。サークルのメンバーもみんな浅丘さんを信じてる』
「ありがとうございます。……やだなぁ。朝から泣いてばっかり」
泣き笑いする美月に無意識に伸ばしかけた手を彼は理性で止めた。
『彼氏にはこの件は話したの?』
「はい。心配だから学校まで迎えに行くって言い出すんですよ。あっちは仕事で忙しいのに」
『お、さっそくノロケ出たねぇ。過保護な彼氏でいいじゃないか。でも彼氏もわかってくれていて良かったね』
今、美月の頭に思い浮かんでいるのはおそらく彼氏の顔だ。わかっている。わかっていることなのに。