早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 上野恭一郎は浅丘家のリビングのテーブルに一読した手紙を置いた。手紙はデジタルの文字で書かれており、感情の読み取れない淡々とした文章だった。

向かいに座る美月が上野を見据えている。

「上野さん……この手紙に書いてあることは本当なんですか?」
『本当だよ。確かに佐藤瞬はある反社会的組織に所属していた』
「それがカオスって組織なんですね?」

 ついに美月に話す時が来てしまった。佐藤のこと、犯罪組織カオスのこと、貴嶋佑聖のこと。

『美月ちゃん。今から俺が言う話は君には信じられないことかもしれない。でも最後まで聞いてほしい』
「……はい」
『お父さんとお母さんも、聞いていてください。ただし、ここでの話は他言無用でお願いします』

 上野はリビングにいる美月の父と母にも目を向けた。彼女の両親は神妙に頷いた。上野は居住まいを正して、何から話そうか思案していた。

『まず、犯罪組織カオスについて話さなければいけないね。カオスは約40年前に創られた犯罪組織だ。創設者は辰巳佑吾。お父さんとお母さんが子供の頃の話ですから、お二人もご存知ないかもしれませんが、創設者の辰巳は14歳の時に両親を殺害し、無差別殺人を起こした男です』

美月も、美月の両親も無言で上野の話を聞いている。上野は美月に焦点を合わせた。

『辰巳にはひとり息子がいてね。辰巳の死後は息子が組織のトップを引き継ぎ、現在に至っている。カオスのトップは“キング”と呼ばれているんだ』
「キングって……」
『3年前、君は“キング”に会っている。彼の名前は……』
「“きじま ゆうせい”、ですよね?」

上野は驚いた。どうして美月が貴嶋の名前を知っている?

「ごめんなさい。上野さんにずっと黙っていたことがあって。私、あれからまたキングに会っているんです」
『またって……3年前の冬にもう一度会ったとは聞いているけど……』

 うつむいた美月は隣にいる両親の視線を気にしながら、とつとつと語る。

「その後に、もう一回。高校三年の夏休み……予備校の帰りに雨宿りをしていた時にキングが迎えに来てくれたんです。その時に名前を教えてもらいました」
『貴嶋は他に何か言っていた?』
「私が大学生になったらまた会おうって……。キングともう会えなくなるのは私も寂しかったから、大学生になったらまた会えるのかなぁって、ちょっと楽しみだったりしてたんです。でもそのキングが……犯罪組織の?」

 ひどく動揺する美月の肩に母の手が置かれた。
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