早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 浅丘家から数メートル離れた場所にグレーのミニバンが停まっている。運転席にいるのは青木渡、助手席には茶髪のロングヘアの女。

門から上野が出てきた。彼は美月の両親と言葉を交わした後に側に停めていた車に乗り込み、車が去った。

『予想通り、仲良しの上野警部に相談したな』
「今更だけど本当に大丈夫なの? 浅丘美月を追い込むためだとしても、組織の名前を勝手に出して」
『これくらい問題ない。上の人間にはバレやしないさ』

青木の理知的な顔が今は悪意に歪んでいる。助手席の女、アゲハは手鏡を見て口紅を塗り直した。

「これであの子がぐちゃぐちゃに壊れてくれたらいいのにね。あれで意外とタフそうだから、まだまだ追い詰めないとダメかな」
『女は怖いねぇ』
「怖いのは私じゃなくて明日香じゃない? あの子、平気な顔して大学行ってるよ。ブログも何事もなかったように更新してる」

 口紅を塗り終えたアゲハは携帯電話のネットを明日香のブログに接続した。昨日、今日と立て続けにブログが更新されている。

「明日香って女友達いないみたいね。ブログの読者や遊ぶ人間も男ばかり」
『まるで自分は明日香と違って女友達がいるって言い種だな』
「私はそれなりに人付き合いはしてるもの」

 明日香のブログには今日は何人にナンパされた、可愛いと言われたなどの真偽不明の自慢話やキメ顔、下着姿の写真で溢れていた。
自己顕示欲の激しい文面には冷笑が漏れる。

「でも確かに昔の自分を見てるようで気持ち悪い」
『それ、同族嫌悪ってヤツだろ』

 浅丘家の前をミニバンが通り過ぎる。雨の降る午後、閑静な住宅街に人の気配はない。

『だけど警察も馬鹿じゃない。そろそろ明日香が柴田の女だって掴んでるだろうな。柴田の携帯の本体からは明日香の履歴は削除してあるが、携帯会社に確認すれば柴田の携帯の通話記録から明日香の番号が割り出せちまう』
「どうするの? もし明日香がパクられたら明日香の口からアゲハのことがバレちゃう」

アゲハは狼狽していても青木は冷静だった。彼はニヒルな笑いを浮かべている。

『警察が明日香に辿り着く前に明日香を殺せばいい』
「……一番怖いのは私じゃなくてあんたね。私は殺人はやらないわよ」
『わかってるって。カオスには金さえ詰めば殺人を代行してくれる人間が多くいる。奴らに頼めばいい』

 言葉を失うアゲハ。窓に当たる雨粒の音が大きくなった。

「金で雇って殺人をしてくれる人間がいるならなんで明日香に殺させたの?」
『アイツならやると思ったから』
「……やっぱりあんたが一番怖いわ」


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