早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
グレーのミニバンの後ろを黒のステーションワゴンが車間距離を空けて尾行している。ミニバンは駒沢通り(都道416号線)沿いのコンビニの駐車場で停車し、車から降りた青木と女がコンビニに入った。
黒のワゴンはコンビニ手前の路肩に寄って停車した。
後部座席の上座には犯罪組織カオスのクイーン、寺沢莉央がいる。
「あの男がスネーク?」
『はい。勝手に組織の情報を漏洩させた愚か者です』
莉央の隣にはスパイダーがいる。彼はノートパソコンを膝の上に載せていた。スパイダーのノートパソコンにはagehaが美月に送った手紙の内容が一字一句そのまま掲載されている。
「こんなものをあの子に送りつけてスネークはどうする気?」
『浅丘美月を精神的に追い込んで恋人と別れるように仕向け、あわよくばアゲハが浅丘美月と別れさせた男と復縁する……筋書きはそんなところでしょう』
莉央は呆れ顔だ。こんな子供騙しの計画を彼女が理解するのは難しい。
「そんなに都合良く上手く行くとは思えないな。スネークの操り人形の女子大生は彼の狙い通りに動いても、浅丘美月はあのキングが目を付けた子だもの」
『浅丘美月は一筋縄ではいかない、と?』
「キングが興味を抱いたのなら、浅丘美月は“面白い人間”なのよ。あの手紙でもし恋人との仲に亀裂が入ったとしても、スネークの狙い通りに事は運ばない気がする。人の感情に他人が干渉するなんて無理なんだから。浅丘美月の周辺の人間のデータ出してくれる?」
スパイダーがキーを操作して画面を切り替えた。莉央はスパイダーのノートパソコンの画面を自分に向け、閲覧する。
「……加藤麻衣子?」
記憶のとても温かいページに刻み込まれた懐かしい名前だ。莉央の記憶のページには香道なぎさと彼女の名前がいつもある。
「3年前の事件関係者の素性をキングが知らないはずないわよね?」
『キングは当時、関係者のほぼ全員を調べていましたからね。浅丘美月に関しては興味のベクトルが強かったとは思いますが、他の関係者は組織の情報が漏れていないかを探るために、その後の動向もしばらく追っていましたよ』
「ふぅん。私に内緒でそんなことを。麻衣子のことを私に黙っているなんてキングも悪い人ね。スパイダーもスコーピオンも知っていたのに黙っていたんでしょう?」
莉央は珍しく拗ねた顔をしていた。3年前の事件関係者に昔の友人がいた事実を、今までキングから知らされていなかったのだから無理もない。
『クイーンは拗ねると可愛らしいですね』
「拗ねてません。怒っているの。キングが大阪から帰って来たらどうやってこらしめてあげようかしら。ご飯にキングの苦手な唐辛子でも入れてあげようかな」
スパイダーは苦笑いして、あやすように莉央の柔らかな髪を撫でた。スコーピオンも笑うのを堪え、視線を前方に向けた。
『クイーン。あの二人が出てきました。追いますか?』
スコーピオンが指示を仰ぐ。コンビニを出た青木と女が車に乗り込むところだ。
「もういいわ。行きましょう」
莉央を乗せたワゴンはコンビニを出発した青木の車とは反対方向に走り出す。彼女は頬杖をついて雨に濡れてぼやけた街並みを鑑賞していた。
「ねぇ、スパイダー。日本と中国の時差って1時間?」
莉央の話の意図はスパイダーも、運転席にいるスコーピオンにもすぐにわかった。スパイダーが優しく答える。
『ええ。日本の方があちらより1時間進んでいます』
「そう……時差を気にする必要もないか。あちらは今は2時半、ちょうどいい頃合いね」
午後3時半を示す腕時計を見て莉央は意味深に微笑んだ。
黒のワゴンはコンビニ手前の路肩に寄って停車した。
後部座席の上座には犯罪組織カオスのクイーン、寺沢莉央がいる。
「あの男がスネーク?」
『はい。勝手に組織の情報を漏洩させた愚か者です』
莉央の隣にはスパイダーがいる。彼はノートパソコンを膝の上に載せていた。スパイダーのノートパソコンにはagehaが美月に送った手紙の内容が一字一句そのまま掲載されている。
「こんなものをあの子に送りつけてスネークはどうする気?」
『浅丘美月を精神的に追い込んで恋人と別れるように仕向け、あわよくばアゲハが浅丘美月と別れさせた男と復縁する……筋書きはそんなところでしょう』
莉央は呆れ顔だ。こんな子供騙しの計画を彼女が理解するのは難しい。
「そんなに都合良く上手く行くとは思えないな。スネークの操り人形の女子大生は彼の狙い通りに動いても、浅丘美月はあのキングが目を付けた子だもの」
『浅丘美月は一筋縄ではいかない、と?』
「キングが興味を抱いたのなら、浅丘美月は“面白い人間”なのよ。あの手紙でもし恋人との仲に亀裂が入ったとしても、スネークの狙い通りに事は運ばない気がする。人の感情に他人が干渉するなんて無理なんだから。浅丘美月の周辺の人間のデータ出してくれる?」
スパイダーがキーを操作して画面を切り替えた。莉央はスパイダーのノートパソコンの画面を自分に向け、閲覧する。
「……加藤麻衣子?」
記憶のとても温かいページに刻み込まれた懐かしい名前だ。莉央の記憶のページには香道なぎさと彼女の名前がいつもある。
「3年前の事件関係者の素性をキングが知らないはずないわよね?」
『キングは当時、関係者のほぼ全員を調べていましたからね。浅丘美月に関しては興味のベクトルが強かったとは思いますが、他の関係者は組織の情報が漏れていないかを探るために、その後の動向もしばらく追っていましたよ』
「ふぅん。私に内緒でそんなことを。麻衣子のことを私に黙っているなんてキングも悪い人ね。スパイダーもスコーピオンも知っていたのに黙っていたんでしょう?」
莉央は珍しく拗ねた顔をしていた。3年前の事件関係者に昔の友人がいた事実を、今までキングから知らされていなかったのだから無理もない。
『クイーンは拗ねると可愛らしいですね』
「拗ねてません。怒っているの。キングが大阪から帰って来たらどうやってこらしめてあげようかしら。ご飯にキングの苦手な唐辛子でも入れてあげようかな」
スパイダーは苦笑いして、あやすように莉央の柔らかな髪を撫でた。スコーピオンも笑うのを堪え、視線を前方に向けた。
『クイーン。あの二人が出てきました。追いますか?』
スコーピオンが指示を仰ぐ。コンビニを出た青木と女が車に乗り込むところだ。
「もういいわ。行きましょう」
莉央を乗せたワゴンはコンビニを出発した青木の車とは反対方向に走り出す。彼女は頬杖をついて雨に濡れてぼやけた街並みを鑑賞していた。
「ねぇ、スパイダー。日本と中国の時差って1時間?」
莉央の話の意図はスパイダーも、運転席にいるスコーピオンにもすぐにわかった。スパイダーが優しく答える。
『ええ。日本の方があちらより1時間進んでいます』
「そう……時差を気にする必要もないか。あちらは今は2時半、ちょうどいい頃合いね」
午後3時半を示す腕時計を見て莉央は意味深に微笑んだ。