早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 六本木のバーのカウンター席で隼人はカクテルを呷《あお》っていた。

 佐藤瞬、再び現れたあの男の存在が隼人を憂鬱にさせる。あれから3年が経っても、ずっと美月だけを守り続けてきても、それでもダメなのか……どうしたって美月の心から佐藤を追い出せない。

むしゃくしゃする心をアルコールで鎮めようとしても無駄だった。美月が苦しんでいるのに何もしてやれない無力な自分に苛ついていた。

 先ほどから、こちらをチラチラと見てくる二人組の女がいる。おそらくナンパ待ちの彼女達の熱視線も隼人の苛立ちの原因だった。

こうしてバーにいる間に何人もの女から誘いを受けた。昔の自分ならば好みの女がいれば迷わず一夜限りの関係を結んでいた。
しかし今は違う。手当たり次第に女と遊ぶ気にはなれない。美月以外の女に興味もなかった。

(少し飲み過ぎたか……)

 苛つきに任せて何杯も飲んでしまった。頭が痛い。

 隣の席に女が座った。黒のミニスカートのワンピースを着た女の年頃は隼人と同じくらい。女はバーテンにカクテルを注文した。

「浅丘美月を助けたい?」
『……は?』

他にいくらでも空いている席はあるのにわざわざ男の隣に座る、またナンパか……とうんざりしていた隼人の耳に届いた美月の名前に彼は驚いた。

隣の女は頬杖をついて隼人に顔を向ける。

「どうなの? 浅丘美月を助けたいの?」
『どうして美月のこと……美月の知り合いか?』
「知り合いじゃないわよ。会ったこともない。でも間接的には知ってるかな。彼女の身に何が起きてるかも知ってる。アゲハという人物から手紙が来たんでしょう?」

 女の猫に似た瞳が微笑んでいる。天使のような悪魔のような、優しさと妖艶さのある魅惑的な微笑だった。

(この女、ただ者じゃない。アゲハの手紙のことを知ってるなら刑事……ではないよな。この圧倒的なオーラはなんだ? 強いて言うなら女スパイ?)

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