早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
もうひとりの受付嬢も怪訝な顔で早河となぎさを見ている。
(これ以上押すのはまずいな。押してダメなら……釣ってみろ、だ)
『これ、二人にあげるよ。よかったら友達や彼氏と行ってきて』
早河は警備員に見られないように白い封筒をカウンターにスライドさせて二人の受付嬢に差し出した。受付嬢達は恐る恐る封筒を手に取って中身を覗く。
「箱根の静凛館《せいりんかん》のペア宿泊券! この旅館、テレビの特集で見た! 予約が1年先まで取れないところだよ」
「私のはホテルオーシャン神戸のプレミアムスイート宿泊券! 岩盤浴とエステのサービス付き! うわぁ……凄い」
彼女達はひそひそと小声で歓喜する。
この前の玲夏の依頼の料金として、玲夏の所属事務所の吉岡社長には何かあった時の釣り道具用に人気のあるホテルのペア宿泊券の手配を頼んでおいたのだ。
業界にコネがある吉岡社長ならこのくらいはお手のもの。
何事も備えあれば憂いなし。
「三十二階にどうぞ。佐々木がいた広報部がそこにあります。えっと、広報の部長って市川さんだっけ?」
「うん、そう。……三十二階の広報部で市川を訪ねてください。市川は広報部の部長です」
魚はまんまと餌に釣られてくれたようだ。早河が柔らかく微笑む。
『ありがとう。そのチケット使って旅行楽しんで来てね』
「はい! ありがとうございます」
早河が受付嬢に微笑みかける姿が気に入らないなぎさは心の中で憤慨した。こんなことなら自分が受付を訪ねるよりも最初から早河が訪ねる方が早かった。
以前は早河が女性と接していても何も思わなかったのに、今は彼が女性と話をしているだけで嫉妬の渦に呑まれる。
仕事のパートナーに恋心を抱くことほど厄介なことはないのかもしれない。
箱根の静凛館だってホテルオーシャン神戸だって行きたい。できることなら早河と……。
『なんだ? さっきから百面相して』
「なんでもありません」
エレベーターが三十二階で扉を開けた。エレベーターホールから廊下に入ってすぐに広報部があった。
『広報部の部長の市川さんはいらっしゃいますか?』
広報部のフロアの扉を開けた早河はすぐ近くにいた女性に声をかける。
「お待ち下さい。……部長、お客様です」
女性が奥のデスクにいる人物の元に駆けていく。デスクの人物が顔を上げた。市川部長は30代後半くらいの、エキゾチックな顔立ちの女性だった。
「私が市川ですが。何かご用でしょうか?」
『アポイントメントもなくお訪ねして申し訳ありません。こちらで先月まで働いていた佐々木里奈さんについてお話を伺えないでしょうか?』
「佐々木さんについて?」
里奈の名を出すと市川部長は露骨に嫌な顔を見せた。どうやら円満退社ではなさそうだ。
(これ以上押すのはまずいな。押してダメなら……釣ってみろ、だ)
『これ、二人にあげるよ。よかったら友達や彼氏と行ってきて』
早河は警備員に見られないように白い封筒をカウンターにスライドさせて二人の受付嬢に差し出した。受付嬢達は恐る恐る封筒を手に取って中身を覗く。
「箱根の静凛館《せいりんかん》のペア宿泊券! この旅館、テレビの特集で見た! 予約が1年先まで取れないところだよ」
「私のはホテルオーシャン神戸のプレミアムスイート宿泊券! 岩盤浴とエステのサービス付き! うわぁ……凄い」
彼女達はひそひそと小声で歓喜する。
この前の玲夏の依頼の料金として、玲夏の所属事務所の吉岡社長には何かあった時の釣り道具用に人気のあるホテルのペア宿泊券の手配を頼んでおいたのだ。
業界にコネがある吉岡社長ならこのくらいはお手のもの。
何事も備えあれば憂いなし。
「三十二階にどうぞ。佐々木がいた広報部がそこにあります。えっと、広報の部長って市川さんだっけ?」
「うん、そう。……三十二階の広報部で市川を訪ねてください。市川は広報部の部長です」
魚はまんまと餌に釣られてくれたようだ。早河が柔らかく微笑む。
『ありがとう。そのチケット使って旅行楽しんで来てね』
「はい! ありがとうございます」
早河が受付嬢に微笑みかける姿が気に入らないなぎさは心の中で憤慨した。こんなことなら自分が受付を訪ねるよりも最初から早河が訪ねる方が早かった。
以前は早河が女性と接していても何も思わなかったのに、今は彼が女性と話をしているだけで嫉妬の渦に呑まれる。
仕事のパートナーに恋心を抱くことほど厄介なことはないのかもしれない。
箱根の静凛館だってホテルオーシャン神戸だって行きたい。できることなら早河と……。
『なんだ? さっきから百面相して』
「なんでもありません」
エレベーターが三十二階で扉を開けた。エレベーターホールから廊下に入ってすぐに広報部があった。
『広報部の部長の市川さんはいらっしゃいますか?』
広報部のフロアの扉を開けた早河はすぐ近くにいた女性に声をかける。
「お待ち下さい。……部長、お客様です」
女性が奥のデスクにいる人物の元に駆けていく。デスクの人物が顔を上げた。市川部長は30代後半くらいの、エキゾチックな顔立ちの女性だった。
「私が市川ですが。何かご用でしょうか?」
『アポイントメントもなくお訪ねして申し訳ありません。こちらで先月まで働いていた佐々木里奈さんについてお話を伺えないでしょうか?』
「佐々木さんについて?」
里奈の名を出すと市川部長は露骨に嫌な顔を見せた。どうやら円満退社ではなさそうだ。