早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
彼女がカオスのクイーンとして現れたのは今年の3月、二人の兄と継母を殺害した容疑で指名手配されているものの莉央の行方は掴めない。
彼女の声を聞いたのは今回が初めてだった。
『事件の発端は青木渡だった。彼は犯罪組織カオスに所属するハッカーで組織での名はスネーク。すべて佐々木里奈の証言だ』
『青木が犯罪組織の人間……そんなの全然わからなかった。いつも無口でパソコン弄ってる奴だとは思ってましたけど……』
『見かけではわからないこともあるよ。見かけは普通で何も問題なく仕事や学校に行っている優しそうな人間が犯罪者だった例は多くある。3年前の佐藤もそうだっただろう?』
佐藤の名前が出て隼人はシーツを強く握り締めた。3年前の事件を思い出しているのかもしれない。
『そうですね……。確かに佐藤が人殺しだと思わずに接していました。美月は佐藤がやったことに薄々気付いていたみたいでしたけど、でも佐藤が人を殺すような人間には見えなかった』
『あの時は俺も最初は佐藤を疑いもしなかったよ。……始まりは青木と南明日香が出会ってしまったことにある。明日香は以前からよく思っていなかった美月ちゃんの悪口を青木に話した』
『青木はそれで美月を?』
『そう。佐々木里奈は君と別れてから一時期は青木と交際していたようだ。彼女が大学を卒業してからもたびたび二人は会っていた。青木は君とのことで美月ちゃんを逆恨みしていた佐々木里奈を利用しようと考えたんだろう。本人が死んでしまっている今となっては憶測でしか語れないがね』
青木渡と南明日香が繋がり、青木を介して南明日香と佐々木里奈が繋がった。
明日香には恋人の柴田准教授と美月が交際していると偽の情報を吹き込み、彼女に柴田を殺させた。用済みになった明日香を殺したのも青木の差し金だ。
里奈には美月がいなくなれば隼人が手に入ると唆《そそのか》した。すべては青木が愉しむためだけの犯罪ゲーム。
『里奈が美月を逆恨みするのは俺のせいです。美月は何も悪くないし、里奈の気持ちもわからなくはない。だけど青木が美月を陥れる理由はないはずです。3年前だって、俺の知る限り青木と美月の接触はそれほどなかった』
『青木はスリルがあって面白いことなら何でもやるそうだ。ハッキングもその一貫だった。今回の事件も青木にはゲーム感覚だったんだろうね』
『犯罪が面白いとかゲームとか……俺にはわかりません』
『わからなくていい。それが正常だ』
上野は棚の上に置かれた見舞いの品に目を留めた。差し入れの文庫本や新聞と共に、おそらく幼なじみの麻衣子か渡辺の仕業だろう。美月と隼人のツーショット写真が飾られている。
『木村くん。寺沢莉央はカオスのクイーン。三人の人間を殺した犯罪者だ。彼女がどんな目的で君を助けたのかはわからないが、寺沢莉央には関わらない方がいい。君の為にも、美月ちゃんの為にも』
小さく頷いた隼人の表情に揺らぎの予兆を感じたが、上野は言葉を続けることなく病室を去った。
彼女の声を聞いたのは今回が初めてだった。
『事件の発端は青木渡だった。彼は犯罪組織カオスに所属するハッカーで組織での名はスネーク。すべて佐々木里奈の証言だ』
『青木が犯罪組織の人間……そんなの全然わからなかった。いつも無口でパソコン弄ってる奴だとは思ってましたけど……』
『見かけではわからないこともあるよ。見かけは普通で何も問題なく仕事や学校に行っている優しそうな人間が犯罪者だった例は多くある。3年前の佐藤もそうだっただろう?』
佐藤の名前が出て隼人はシーツを強く握り締めた。3年前の事件を思い出しているのかもしれない。
『そうですね……。確かに佐藤が人殺しだと思わずに接していました。美月は佐藤がやったことに薄々気付いていたみたいでしたけど、でも佐藤が人を殺すような人間には見えなかった』
『あの時は俺も最初は佐藤を疑いもしなかったよ。……始まりは青木と南明日香が出会ってしまったことにある。明日香は以前からよく思っていなかった美月ちゃんの悪口を青木に話した』
『青木はそれで美月を?』
『そう。佐々木里奈は君と別れてから一時期は青木と交際していたようだ。彼女が大学を卒業してからもたびたび二人は会っていた。青木は君とのことで美月ちゃんを逆恨みしていた佐々木里奈を利用しようと考えたんだろう。本人が死んでしまっている今となっては憶測でしか語れないがね』
青木渡と南明日香が繋がり、青木を介して南明日香と佐々木里奈が繋がった。
明日香には恋人の柴田准教授と美月が交際していると偽の情報を吹き込み、彼女に柴田を殺させた。用済みになった明日香を殺したのも青木の差し金だ。
里奈には美月がいなくなれば隼人が手に入ると唆《そそのか》した。すべては青木が愉しむためだけの犯罪ゲーム。
『里奈が美月を逆恨みするのは俺のせいです。美月は何も悪くないし、里奈の気持ちもわからなくはない。だけど青木が美月を陥れる理由はないはずです。3年前だって、俺の知る限り青木と美月の接触はそれほどなかった』
『青木はスリルがあって面白いことなら何でもやるそうだ。ハッキングもその一貫だった。今回の事件も青木にはゲーム感覚だったんだろうね』
『犯罪が面白いとかゲームとか……俺にはわかりません』
『わからなくていい。それが正常だ』
上野は棚の上に置かれた見舞いの品に目を留めた。差し入れの文庫本や新聞と共に、おそらく幼なじみの麻衣子か渡辺の仕業だろう。美月と隼人のツーショット写真が飾られている。
『木村くん。寺沢莉央はカオスのクイーン。三人の人間を殺した犯罪者だ。彼女がどんな目的で君を助けたのかはわからないが、寺沢莉央には関わらない方がいい。君の為にも、美月ちゃんの為にも』
小さく頷いた隼人の表情に揺らぎの予兆を感じたが、上野は言葉を続けることなく病室を去った。