早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
6月30日(Tue)午後6時
入院を経て今日退院した隼人は世田谷区の実家に戻っていた。傷口が完治するまでしばらくは実家暮らしだ。
医大の研究室にいる医者崩れの姉が包帯を替えてくれるが、顔を見るたびに過去の悪行を冷やかされて耳に痛い。
実家近くの川縁まで散歩に出掛けた。キャッチボールをしている中学生がいる。この辺りの子供なら中学の後輩かもしれない。
隼人は草むらに腰掛けて少年達のキャッチボールを見物していた。梅雨の中休みのよく晴れた暑い日だ。明日から7月、夏がやって来る。
「意外と早くに退院できたのね」
背後で聞こえた声に彼は苦笑いして振り向いた。
『あんたってどこにでも現れて神出鬼没だな』
寺沢莉央が川縁の段差を降りて来た。今日の莉央は以前に二度会った時のようなワンピース姿ではなく、ジーンズにグレーのパーカーを羽織ったラフな服装をしていた。
彼女は隼人の隣に座って小声で囁いた。
「私ね、実はどこでもドアを隠し持っているんだ」
『へぇ。それは羨ましいな。それが四次元ポケット?』
隼人の指が莉央のパーカーのポケットを指差す。莉央の口元が綻《ほころ》んだ。
「そう。何でも出てくるよ」
『何でもって例えば?』
「例えば、飴とか、煙草とか?』
莉央は右手を入れたポケットから煙草の箱を、左手を入れたポケットから棒のついた飴を取り戻した。隼人が笑う。
『まじに何でも出てくるんだな』
「どっちがいい?」
『じゃあ煙草を一本』
「だと思った。病院じゃ吸えないものね」
隼人は莉央から貰った煙草を咥えて莉央に渡されたライターで火を点けた。莉央は棒のついた飴の包みを外して丸い飴を口に含む。
彼女の飴は綺麗な青色をしていた。何味だろう?
『俺を助けたのはあんただろ?』
「さぁね」
『里奈を気絶させて刑事の携帯に電話して俺の止血して……そんなことする女はあんた以外に考えられない』
夕焼け空の赤い空気に煙草の煙が流れていく。
『どうして俺を助けた?』
「言ったでしょ。人を助けるのに理由なんていらない。助けたくなったから助けただけ」
莉央が手に持つ青色の飴を赤い光に照らす。彼女の細い手首を隼人は掴み、莉央の飴を自分の口に入れた。舌先でペロリと舐めた飴は懐かしい味がした。
『ラムネ? サイダー?』
「……ラムネかな」
舐めた飴を口から出した隼人と莉央の視線が交わり、隼人は莉央にキスをした。隼人が吸う煙草の苦い味と莉央が舐めたラムネの甘い味が口内で交ざり合う。
入院を経て今日退院した隼人は世田谷区の実家に戻っていた。傷口が完治するまでしばらくは実家暮らしだ。
医大の研究室にいる医者崩れの姉が包帯を替えてくれるが、顔を見るたびに過去の悪行を冷やかされて耳に痛い。
実家近くの川縁まで散歩に出掛けた。キャッチボールをしている中学生がいる。この辺りの子供なら中学の後輩かもしれない。
隼人は草むらに腰掛けて少年達のキャッチボールを見物していた。梅雨の中休みのよく晴れた暑い日だ。明日から7月、夏がやって来る。
「意外と早くに退院できたのね」
背後で聞こえた声に彼は苦笑いして振り向いた。
『あんたってどこにでも現れて神出鬼没だな』
寺沢莉央が川縁の段差を降りて来た。今日の莉央は以前に二度会った時のようなワンピース姿ではなく、ジーンズにグレーのパーカーを羽織ったラフな服装をしていた。
彼女は隼人の隣に座って小声で囁いた。
「私ね、実はどこでもドアを隠し持っているんだ」
『へぇ。それは羨ましいな。それが四次元ポケット?』
隼人の指が莉央のパーカーのポケットを指差す。莉央の口元が綻《ほころ》んだ。
「そう。何でも出てくるよ」
『何でもって例えば?』
「例えば、飴とか、煙草とか?』
莉央は右手を入れたポケットから煙草の箱を、左手を入れたポケットから棒のついた飴を取り戻した。隼人が笑う。
『まじに何でも出てくるんだな』
「どっちがいい?」
『じゃあ煙草を一本』
「だと思った。病院じゃ吸えないものね」
隼人は莉央から貰った煙草を咥えて莉央に渡されたライターで火を点けた。莉央は棒のついた飴の包みを外して丸い飴を口に含む。
彼女の飴は綺麗な青色をしていた。何味だろう?
『俺を助けたのはあんただろ?』
「さぁね」
『里奈を気絶させて刑事の携帯に電話して俺の止血して……そんなことする女はあんた以外に考えられない』
夕焼け空の赤い空気に煙草の煙が流れていく。
『どうして俺を助けた?』
「言ったでしょ。人を助けるのに理由なんていらない。助けたくなったから助けただけ」
莉央が手に持つ青色の飴を赤い光に照らす。彼女の細い手首を隼人は掴み、莉央の飴を自分の口に入れた。舌先でペロリと舐めた飴は懐かしい味がした。
『ラムネ? サイダー?』
「……ラムネかな」
舐めた飴を口から出した隼人と莉央の視線が交わり、隼人は莉央にキスをした。隼人が吸う煙草の苦い味と莉央が舐めたラムネの甘い味が口内で交ざり合う。