早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
唇を重ねた二人は至近距離で見つめ合った。
「私は人殺しよ」
『わかってる』
「いいえ。あなたは何もわかっていない。このポケットから拳銃が出てくることだってあるのよ」
莉央はパーカーのポケットに手を入れた。隼人は莉央の手元を見て優しく笑う。
『そこから拳銃は出てこない』
「どうしてそう言い切れるの?」
『今のあんたは犯罪組織のクイーンじゃないから』
莉央のグレージュの髪に彼は指を絡ませた。彼女からふわりと漂うローズの香りはあの時意識を失う直前にも感じた香りだ。
「私のこと、怖くないの?」
『怖くねぇよ。今のあんたは寺沢莉央として俺に会ってる。寺沢莉央の時には人殺しや犯罪組織のクイーンとか関係ないだろ?』
「あなたってやっぱり変な人ね」
ポケットから出した莉央の手には何も握られていない。隼人が笑い、莉央も笑い、彼女は隼人の肩に頭を預けた。
「少しだけでいい。このままでいさせて」
『……ああ』
隼人は煙草を咥えて空を見ている。茜色の空に夏の気配が漂っていた。時折吹く風が気持ちいい。
莉央は隼人の肩にもたれたまま、手に持つ青色の飴を見つめる。莉央が舐めた後に隼人が舐めた飴は、秘密の証のような気がした。
「傷、痛む?」
『今は鎮痛剤が効いてる。でも薬が切れるとヤバいな』
「ごめんね。刺される前に助けに行けなかった」
『あんたが謝ることじゃない。全部、俺の自業自得』
丈の長い草がゆらゆら風に揺れている。キャッチボールをしていた少年達は居なくなっていた。彼らは今頃家に帰って、夕御飯が出来るのを今か今かと待っているだろう。
二人の周りだけ、時がゆっくり流れている。
隼人から離れた莉央は彼の顔を見ずに立ち上がった。
『警視庁の上野さんから言われたよ。もうあんたとは関わるなって』
「その通りよ。私のことは忘れなさい。二度とあなたの前には現れないから安心して」
沸き上がるどうしようもない感情を封じ込めて彼女は彼に背を向けた。彼は赤い光を背負った彼女の後ろ姿を見上げた。
『いつかはあんたも警察に捕まるのか?』
「そうね、いつかは……。でもまだ捕まるわけにはいかないの」
『……またクイーンに戻るんだな』
「カオスが今の私の居場所だから。あなたと私は……いる世界が違うの」
川縁の段差を上がる莉央の背中に隼人が叫ぶ。
『美月と出会ってなかったら絶対あんたに惚れてたよ』
「私はあなたには似合わないわよ」
足を止めた莉央は顔だけを隼人に向けて微笑する。川のほとりに隼人を残して歩道に出た莉央は、青色の飴を口に入れた。
舐めてしまえば消えてなくなる秘密の証はラムネの味をしていた。
「もう少し早く出会えていたらよかったのにね」
莉央の後を追って一匹の蝶がひらひらと飛んでいく。
茜色の空に蝶が舞うとき、それぞれの想いが交差する……
「私は人殺しよ」
『わかってる』
「いいえ。あなたは何もわかっていない。このポケットから拳銃が出てくることだってあるのよ」
莉央はパーカーのポケットに手を入れた。隼人は莉央の手元を見て優しく笑う。
『そこから拳銃は出てこない』
「どうしてそう言い切れるの?」
『今のあんたは犯罪組織のクイーンじゃないから』
莉央のグレージュの髪に彼は指を絡ませた。彼女からふわりと漂うローズの香りはあの時意識を失う直前にも感じた香りだ。
「私のこと、怖くないの?」
『怖くねぇよ。今のあんたは寺沢莉央として俺に会ってる。寺沢莉央の時には人殺しや犯罪組織のクイーンとか関係ないだろ?』
「あなたってやっぱり変な人ね」
ポケットから出した莉央の手には何も握られていない。隼人が笑い、莉央も笑い、彼女は隼人の肩に頭を預けた。
「少しだけでいい。このままでいさせて」
『……ああ』
隼人は煙草を咥えて空を見ている。茜色の空に夏の気配が漂っていた。時折吹く風が気持ちいい。
莉央は隼人の肩にもたれたまま、手に持つ青色の飴を見つめる。莉央が舐めた後に隼人が舐めた飴は、秘密の証のような気がした。
「傷、痛む?」
『今は鎮痛剤が効いてる。でも薬が切れるとヤバいな』
「ごめんね。刺される前に助けに行けなかった」
『あんたが謝ることじゃない。全部、俺の自業自得』
丈の長い草がゆらゆら風に揺れている。キャッチボールをしていた少年達は居なくなっていた。彼らは今頃家に帰って、夕御飯が出来るのを今か今かと待っているだろう。
二人の周りだけ、時がゆっくり流れている。
隼人から離れた莉央は彼の顔を見ずに立ち上がった。
『警視庁の上野さんから言われたよ。もうあんたとは関わるなって』
「その通りよ。私のことは忘れなさい。二度とあなたの前には現れないから安心して」
沸き上がるどうしようもない感情を封じ込めて彼女は彼に背を向けた。彼は赤い光を背負った彼女の後ろ姿を見上げた。
『いつかはあんたも警察に捕まるのか?』
「そうね、いつかは……。でもまだ捕まるわけにはいかないの」
『……またクイーンに戻るんだな』
「カオスが今の私の居場所だから。あなたと私は……いる世界が違うの」
川縁の段差を上がる莉央の背中に隼人が叫ぶ。
『美月と出会ってなかったら絶対あんたに惚れてたよ』
「私はあなたには似合わないわよ」
足を止めた莉央は顔だけを隼人に向けて微笑する。川のほとりに隼人を残して歩道に出た莉央は、青色の飴を口に入れた。
舐めてしまえば消えてなくなる秘密の証はラムネの味をしていた。
「もう少し早く出会えていたらよかったのにね」
莉央の後を追って一匹の蝶がひらひらと飛んでいく。
茜色の空に蝶が舞うとき、それぞれの想いが交差する……