早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
エピローグ
7月4日(Sat)午後5時

「ありがとうございました」

 アルバイト先の書店のレジに立つ浅丘美月は本を入れた袋を丁寧に客に渡して頭を下げた。レジには何人かの列ができていて、次から次へとやってくる客全員に美月は丁寧に接客した。

「浅丘さん、仕事復帰して早々にフルタイムでごめんね。体調大丈夫?」

同じレジに立つ副店長の女性は申し訳なさそうに眉を下げた。美月は首を横に振った。

「大丈夫です。私、ここの仕事が大好きなんです。本に囲まれていると落ち着くんですよね」

 大学を休学して静岡にいる間はバイトも体調不良を理由に休んでいた。今日はバイト復帰初日だ。

「そう言ってくれると嬉しいよ。あと1時間、頑張ろうね」
「はいっ!」

 副店長と楽しげに会話をする美月を書棚の後ろから沢井あかりと佐藤瞬が見つめていた。
あかりは赤いフレームの伊達眼鏡をかけ、キャップを目深にかぶっている。佐藤はサングラスをかけていた。

「美月ちゃん、楽しそうに働いていますね」
『そうだな。バイト先に本屋を選ぶところが本好きの美月らしい』

 書店のエプロンをつけてレジに立つ美月は生き生きとしている。美月の楽しげな姿を見ているだけで二人の心は安らいだ。

沢井あかりにとっても、佐藤瞬にとっても、浅丘美月の存在は光そのものだ。

「私はもう行きます。今夜の便でアメリカに帰るので、そろそろ行かないと」
『美月に会わなくていいのか? 君は会えるだろう』
「会えませんよ。あの子に……会わせる顔がないもの」

キャップのつばを下ろした彼女は哀しげな視線を美月に注ぐ。

『木村隼人が早河探偵から君の調査結果を聞いたとしても、あの男は君のことを美月には話さないと思うが』
「わかっています。木村先輩は私のことを美月ちゃんには話さない。だけど今の私は美月ちゃんの知っている私ではないから」

 早河から受けた報告を隼人は美月にも渡辺にも話さない。そんなこと、わかっている。

「あなたはこのまま日本にいる気ですか?」
『日本にいることがキングとクイーンの命令だからな』

 棚に並ぶ書籍の背表紙に懐かしい名前を発見した。〈並木出版〉かつて佐藤が勤めていた出版社だ。

「3年前から危惧していましたが、キングは美月ちゃんに興味を抱いている。今回のことでそれを確信しました。キングから美月ちゃんを守れるのはあなただけです。美月ちゃんを守ってください」
『君に言われなくともそのつもりだ』

 無表情を装う佐藤の視線もレジにいる美月に向いている。あかりは微笑して頷き、佐藤を残して書店を後にした。
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