早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
酒盛りをするには気持ちの良い夜。木村隼人と渡辺亮は互いの実家から近い公園でビールを飲んでいた。
昔は麻衣子も入れた幼なじみ3人でよくこの公園で遊んでいた。滑り台やブランコもあの頃とはペンキの色は変わっても、昔の面影を残してそこに居続けている。
「隼人! 亮!」
公園の入り口で加藤麻衣子が手を振っていた。幼なじみ二人はもうひとりの幼なじみを歓迎する。
渡辺がベンチから立ち上がって麻衣子に駆け寄った。
『麻衣子ー! お前もこっち帰って来てたのか』
「隼人の退院祝いにね。さっき隼人の家に行ったんだけど、隼人と亮がビール抱えて公園に行ったっておばさんから聞いて。はい、アイス」
『お、サンキュー』
麻衣子からアイスの入った袋を受け取った渡辺は嬉々として袋の中身を取り出した。棒つきのアイスキャンディはソーダ味だ。
麻衣子はもうひとつの袋を隼人に差し出した。
「こっちは隼人に。退院祝い」
『気が利くじゃねーか。……おい麻衣子! これが退院祝いって俺はガキじゃねぇぞ。なんで退院祝いが駄菓子なんだよ?』
「えー? 隼人、昔から駄菓子好きでしょ?」
『麻衣子にとって隼人はいつまでもガキってことだな』
悪びれない麻衣子と渡辺の大笑いに隼人は口を尖らせて袋を探った。駄菓子に紛れて莉央が持っていたものと同じ、あのラムネ味の棒つき飴があった。
『どうした?』
『……なんでもない』
渡辺が食べているアイスキャンディはソーダ味。ラムネとソーダの違いはなんだろうと隼人はどうでもいいことを考えていた。
ベンチに隼人、麻衣子、渡辺が並ぶ。三人で座ると少し窮屈に感じるこの座り心地に、幼稚園のバスの帰りを思い出した。
「人って変わっちゃうのよね」
ビールを飲む麻衣子が唐突に呟いた。隼人と渡辺が両側から麻衣子を見ている。
「今回の里奈のことで思ったの。何がきっかけで犯罪に手を染めてしまうかわからないって。仕事でDV(ドメスティックバイオレンス)の加害者側に会うこともあるんだけどね、暴力なんて振るいそうもない普通の人も多いのよ。こんな穏やかそうな人が……て。だけどある日突然、暴力的に変わってしまう。変わらないでいる方が難しいのかな」
『無邪気な子供の頃のままではいられないんだろうな。大人になるほど窮屈になるし』
麻衣子の言葉に渡辺が続く。隼人は無言で、ラムネ味の飴の包みを見下ろしていた。
「あの頃には戻れない。戻れないからこそ、今を大切に生きようと思えるのよね」
ジーンズ姿の麻衣子はベンチを離れてブランコに乗った。ブランコを漕ぎ始めた麻衣子を見て隼人が溜息をつく。
『なんでスカートじゃねぇんだよ。これじゃあ見えるものも見えねぇな』
「隼人の変態ー! 隼人には絶対にパンツ見せないもーん」
『別にいいけど。麻衣子のパンチラは小学生で見飽きた』
『麻衣子パンチラしまくってたよなー。ピンクが多かったっけ?』
『白じゃねぇか?』
「隼人と亮のアホー! アホバカ変態二人組ー!」
三人の笑い声が夜の公園に響いていた。
人も環境も変わっていく。けれど変わらないものもここにある。
そう思えた夏の始まりの夜だった。
早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】 END
昔は麻衣子も入れた幼なじみ3人でよくこの公園で遊んでいた。滑り台やブランコもあの頃とはペンキの色は変わっても、昔の面影を残してそこに居続けている。
「隼人! 亮!」
公園の入り口で加藤麻衣子が手を振っていた。幼なじみ二人はもうひとりの幼なじみを歓迎する。
渡辺がベンチから立ち上がって麻衣子に駆け寄った。
『麻衣子ー! お前もこっち帰って来てたのか』
「隼人の退院祝いにね。さっき隼人の家に行ったんだけど、隼人と亮がビール抱えて公園に行ったっておばさんから聞いて。はい、アイス」
『お、サンキュー』
麻衣子からアイスの入った袋を受け取った渡辺は嬉々として袋の中身を取り出した。棒つきのアイスキャンディはソーダ味だ。
麻衣子はもうひとつの袋を隼人に差し出した。
「こっちは隼人に。退院祝い」
『気が利くじゃねーか。……おい麻衣子! これが退院祝いって俺はガキじゃねぇぞ。なんで退院祝いが駄菓子なんだよ?』
「えー? 隼人、昔から駄菓子好きでしょ?」
『麻衣子にとって隼人はいつまでもガキってことだな』
悪びれない麻衣子と渡辺の大笑いに隼人は口を尖らせて袋を探った。駄菓子に紛れて莉央が持っていたものと同じ、あのラムネ味の棒つき飴があった。
『どうした?』
『……なんでもない』
渡辺が食べているアイスキャンディはソーダ味。ラムネとソーダの違いはなんだろうと隼人はどうでもいいことを考えていた。
ベンチに隼人、麻衣子、渡辺が並ぶ。三人で座ると少し窮屈に感じるこの座り心地に、幼稚園のバスの帰りを思い出した。
「人って変わっちゃうのよね」
ビールを飲む麻衣子が唐突に呟いた。隼人と渡辺が両側から麻衣子を見ている。
「今回の里奈のことで思ったの。何がきっかけで犯罪に手を染めてしまうかわからないって。仕事でDV(ドメスティックバイオレンス)の加害者側に会うこともあるんだけどね、暴力なんて振るいそうもない普通の人も多いのよ。こんな穏やかそうな人が……て。だけどある日突然、暴力的に変わってしまう。変わらないでいる方が難しいのかな」
『無邪気な子供の頃のままではいられないんだろうな。大人になるほど窮屈になるし』
麻衣子の言葉に渡辺が続く。隼人は無言で、ラムネ味の飴の包みを見下ろしていた。
「あの頃には戻れない。戻れないからこそ、今を大切に生きようと思えるのよね」
ジーンズ姿の麻衣子はベンチを離れてブランコに乗った。ブランコを漕ぎ始めた麻衣子を見て隼人が溜息をつく。
『なんでスカートじゃねぇんだよ。これじゃあ見えるものも見えねぇな』
「隼人の変態ー! 隼人には絶対にパンツ見せないもーん」
『別にいいけど。麻衣子のパンチラは小学生で見飽きた』
『麻衣子パンチラしまくってたよなー。ピンクが多かったっけ?』
『白じゃねぇか?』
「隼人と亮のアホー! アホバカ変態二人組ー!」
三人の笑い声が夜の公園に響いていた。
人も環境も変わっていく。けれど変わらないものもここにある。
そう思えた夏の始まりの夜だった。
早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】 END