早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
料理を食べている間、僕は杏奈のお喋りを聞いていた。学校のこと、友達のこと、最近のテレビドラマのこと、芸能人の恋愛スキャンダル、どの話題も興味の薄い話だったが、お喋りに夢中になる杏奈を見ているのは楽しい。
「でもなんか薄っぺらいよね」
『薄っぺらい?』
「友達も学校もテレビも薄っぺらい。みんな上部だけ」
それまで無邪気に笑っていた杏奈の瞳がゾッとするほど冷たくなる。
「壊れちゃえばいいのにね。こんな世界」
彼女の冷たい瞳の原因は何だろう? 壊れちゃえばいいのにと言う杏奈にかける言葉が見つからない。
年上らしく、そんなこと言ってはいけないよと諭すこともできないのは僕も杏奈と同じことを思うときがあるから。こんな世界、壊れてしまえばいいと……。
杏奈の冷たい瞳が弱々しい笑みに変わる。
「ダメかなぁ?」
『何が?』
「3ヶ月だけ先生の彼女になること」
その話はいいと打ち切ったのは君じゃないか……
『なんで3ヶ月なんだ?』
「じゃあ3ヶ月以上、付き合ってくれる?」
『それは……』
言葉に詰まる。正直なところまだ杏奈を異性として意識していない。ただ彼女の冷たい瞳の理由は気になっている。
「ね、3ヶ月ならいいでしょ? 3ヶ月だけ、私を先生の恋人にして?」
杏奈が首を傾げて手を顔の前で合わせている。
『自分の言っていることわかってる? 彼女になるってことはつまり……』
「先生が私に何してもいいってことでしょ。私、先生になら何されてもいいよ。って言うか、先生とエッチなことしたいもん」
『はぁ……よくそんなこと平気で言えるなぁ。だからさ、男と女が恋人になるってことはそういうこともしていいよって意味なんだよ。わかってる?』
「わかってるよぉ。子供扱いしないで」
頬を膨らませて口を尖らせる杏奈に今だって充分子供だろと言いたい気持ちを抑える。本当にわかっているのか疑問だ。
『どうして僕なんだ?』
女の容姿に関心はない僕から見ても、桜井杏奈は可愛い顔立ちをしている。その気になれば同じ学校の同級生をすぐに彼氏にできそうなものだ。何も、年上の塾講師をからかう必要はない。
「その質問、二回目だよ。人を好きになるのに理由はないよ」
『君は僕が好きなのか?』
「えー! 先生、私の告白聞いてなかったの?」
杏奈は膨れっ面だ。告白を聞いてはいたが、どうにも信じられない。
『僕のどこが好きなんだ?』
「どこが好きかわからないから恋なのよ」
肩にかかる髪をはらう杏奈の仕草に初めて“女”を感じた。
お金持ちの家庭の女子高生が何を好き好んでしがない塾のバイトの大学生に交際を申し込んでいるのか、ここまで話しても杏奈の真意はわからない。
けれど、彼女の不意に見せる冷たい瞳に心が揺らいだ。もっと知りたい、と思っていた。
渇いた喉を烏龍茶で湿らせて、覚悟を決めた。杏奈はサイドメニューのポテトサラダを頬張っている。
『……いいよ』
「え?」
『僕と付き合ってそれで成績が上がるならいいよ。逆に成績が下がるようなら3ヶ月経たなくてもその時点で別れる。これでどう?』
理性と本能の天秤が本能に傾いた瞬間、自分でも信じられない言葉を口にしていた。
「本当にいいの? 彼女にしてくれるの?」
『いいよ。だけど試験問題教えては無しね。わかった?』
「うん!」
照れた顔ではにかむ杏奈を可愛いと思えた。
これはごっこ。お嬢様の気まぐれに付き合う恋愛ごっこだ。
3ヶ月経てば僕達の関係は終わる。
最初はそのつもりだったんだ。
3ヶ月の意味も深く考えはしなかった。その3ヶ月という数字に何が込められているのか、この時の僕は何もわかっていなかった。
「でもなんか薄っぺらいよね」
『薄っぺらい?』
「友達も学校もテレビも薄っぺらい。みんな上部だけ」
それまで無邪気に笑っていた杏奈の瞳がゾッとするほど冷たくなる。
「壊れちゃえばいいのにね。こんな世界」
彼女の冷たい瞳の原因は何だろう? 壊れちゃえばいいのにと言う杏奈にかける言葉が見つからない。
年上らしく、そんなこと言ってはいけないよと諭すこともできないのは僕も杏奈と同じことを思うときがあるから。こんな世界、壊れてしまえばいいと……。
杏奈の冷たい瞳が弱々しい笑みに変わる。
「ダメかなぁ?」
『何が?』
「3ヶ月だけ先生の彼女になること」
その話はいいと打ち切ったのは君じゃないか……
『なんで3ヶ月なんだ?』
「じゃあ3ヶ月以上、付き合ってくれる?」
『それは……』
言葉に詰まる。正直なところまだ杏奈を異性として意識していない。ただ彼女の冷たい瞳の理由は気になっている。
「ね、3ヶ月ならいいでしょ? 3ヶ月だけ、私を先生の恋人にして?」
杏奈が首を傾げて手を顔の前で合わせている。
『自分の言っていることわかってる? 彼女になるってことはつまり……』
「先生が私に何してもいいってことでしょ。私、先生になら何されてもいいよ。って言うか、先生とエッチなことしたいもん」
『はぁ……よくそんなこと平気で言えるなぁ。だからさ、男と女が恋人になるってことはそういうこともしていいよって意味なんだよ。わかってる?』
「わかってるよぉ。子供扱いしないで」
頬を膨らませて口を尖らせる杏奈に今だって充分子供だろと言いたい気持ちを抑える。本当にわかっているのか疑問だ。
『どうして僕なんだ?』
女の容姿に関心はない僕から見ても、桜井杏奈は可愛い顔立ちをしている。その気になれば同じ学校の同級生をすぐに彼氏にできそうなものだ。何も、年上の塾講師をからかう必要はない。
「その質問、二回目だよ。人を好きになるのに理由はないよ」
『君は僕が好きなのか?』
「えー! 先生、私の告白聞いてなかったの?」
杏奈は膨れっ面だ。告白を聞いてはいたが、どうにも信じられない。
『僕のどこが好きなんだ?』
「どこが好きかわからないから恋なのよ」
肩にかかる髪をはらう杏奈の仕草に初めて“女”を感じた。
お金持ちの家庭の女子高生が何を好き好んでしがない塾のバイトの大学生に交際を申し込んでいるのか、ここまで話しても杏奈の真意はわからない。
けれど、彼女の不意に見せる冷たい瞳に心が揺らいだ。もっと知りたい、と思っていた。
渇いた喉を烏龍茶で湿らせて、覚悟を決めた。杏奈はサイドメニューのポテトサラダを頬張っている。
『……いいよ』
「え?」
『僕と付き合ってそれで成績が上がるならいいよ。逆に成績が下がるようなら3ヶ月経たなくてもその時点で別れる。これでどう?』
理性と本能の天秤が本能に傾いた瞬間、自分でも信じられない言葉を口にしていた。
「本当にいいの? 彼女にしてくれるの?」
『いいよ。だけど試験問題教えては無しね。わかった?』
「うん!」
照れた顔ではにかむ杏奈を可愛いと思えた。
これはごっこ。お嬢様の気まぐれに付き合う恋愛ごっこだ。
3ヶ月経てば僕達の関係は終わる。
最初はそのつもりだったんだ。
3ヶ月の意味も深く考えはしなかった。その3ヶ月という数字に何が込められているのか、この時の僕は何もわかっていなかった。