早河シリーズ第五幕【揚羽蝶】
 彼女から出てくる話題は学校や友達のこと、流行りの音楽やファッションのことばかり。
杏奈から家族の話が出たことは一度もなかった。

『杏奈は親が嫌いなのか?』
「あの人達が私を嫌いなのよ」

あの人達とは両親を指すのだろう。彼女は僕の身体に寄り添った。

「ねぇ先生。親だって結局は他人でしょ? 血が繋がっていても自分とは違う他人。親だからって無条件に好きになれるものでもないよね」
『まぁ……そうだね。杏奈の言うことはわかるよ』

僕も自分の親を好きと思ったことはない。杏奈の言葉には素直に同意する。

「親だって同じだよ。自分の子供が好きじゃない親だっているの。勝手に作って勝手に産んだくせにね」

 杏奈が僕の膝の上に向かい合うようにして乗った。僕の腕は杏奈の細い腰に回る。腕も脚も腰も、細過ぎて強く掴めば折れてしまうんじゃないかとたまにヒヤッとする。

「先生、好き」
『僕も杏奈が好きだ』
「もっと。もっと好きって言って……」
『好きだよ』

 杏奈にキスをした。杏奈の小さな小さな唇を貪《むさぼ》り、キスの合間に漏れる杏奈の吐息に下半身を硬くした。

3ヶ月限定の恋人ごっこのはずだったのに、僕の中で杏奈の存在は少しずつ大きくなっていた。こうして当たり前に彼女に触れて当たり前にキスができる、恋人でいられるあと2ヶ月が惜しい。

「……ちゃんと準備万端だよ」
『何の準備?』

 キスの後、恥ずかしげにうつむく杏奈が可愛くてわざと意地悪を言ってみる。拗ねた顔の杏奈が僕に可愛らしいキスをした。

「わかってるくせに」
『わかってるよ。でも本当に僕でいい?』

下半身は正直だ。まったく欲望がないことはない。好きな女は抱きたい。
だが男の欲望処理の道具として杏奈を利用したくなかった。

「先生がいい。初めての相手は絶対に好きな人って決めてるの。……ほら、見て」

 立ち上がった杏奈は真っ赤な顔をして僕の目の前でスカートをたくしあげた。

フリルのついた桃色のパンツが見える。細い太ももの付け根についた柔らかそうな脂肪、その先にあるぷくっとした膨らみに僕は生唾を呑み込んだ。

 杏奈が僕でいいと言うのなら出来る限りのことをするだけだ。彼女の腕を引き、長いキスをしてからベッドに押し倒す。

僕は初めてではないのに、やけに緊張していた。これを言えば過去に付き合った女達を怒らせるかもしれないが、欲望処理の道具にしたくないと思えたのは杏奈が初めてだ。
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