異世界シンママ ~未婚のギャル母に堅物眼鏡は翻弄される~

24.光


 それから数日後。とうとう有那のウーマーイーツが開業した。
 協力店の軒先に貼ったポスターの反応は上々で、もともと予約があった建設現場に加えていくつかの職場や工房から注文がもらえた。有那はユンカースにもらった地図を見ながら効率の良いルートを割り出し、ミネルヴァ特製の弁当を持って食堂を出る。

「よう、アリナ。こっちの準備は完璧だぜ。ちゃんと食って(フン)も出してたからしばらくしないだろ」

「おけまるー。わざわざありがと、ローレルさん」

「今日だけだからな。実際容器を積んだらどんな感じか確認もしたかったし。終わったら返しに来いよ」

 本来なら有那がローレルの店に馬を取りに行かなくてはいけないのだが、今日だけ特別にローレルが連れてきてくれた。
 お尻の両側にサスペンション付きの荷物入れをぶら下げた馬は、大人しく軒先で待ってくれている。なお、木製の馬留めはレーゲンが作ってくれた。
 ミネルヴァ特製のお弁当と、協力店から預かったご飯を荷物入れに詰めると有那は馬を撫でた。

「よろしくね。ウーマーイーツ開業! ゆけ、レクセス号!」

「いやそいつの名前、ゴルドだから。レクセスってなんだよ」

「ヴェンツと迷ったんだけどね〜。やっぱ国産車かなって!」

 憧れのメーカーにあやかってつけたニックネームに、ローレルが気が抜けたように肩を落とす。

「意味が分からん。……そういやあの兄ちゃん、今日はいねーな」

「ユンユンも仕事だよー。じゃあゴルド、行こっか」

「最近盗難が増えてるらしいから馬置いてるときも気を付けろよ。食料はともかく、馬盗られんのが一番キツいからな」

「りょー。じゃ、行ってきます!」

 あぶみに足をかけるとひょいと鞍に飛び乗る。馬を操るのも、もう慣れっこになった。
 できればパートナー馬を作っていきたい。そしていつかは、自分だけの愛馬を。
 ローレルに手を振って出発すると、扉からミネルヴァが顔を出した。

「……行ったか」

「さて、上手くいくかねえ……。それにしてもこの貼り紙、よく書けてんなあ。『恵みの者のお薦め! 昼食が届けられる便利さをあなたへ』だって。薦めるっつーか、まさか本人がやってるとは思わんだろうが興味は惹かれるな。上手いこと言う」

 食堂の外壁に貼られたポスターを見てローレルが感心する。ミネルヴァはふんと鼻を鳴らすとローレルに茶を渡した。

「それを書いたのはユンカースだよ。アリナがそんな長い文を書くのは無理さ」

「へえ。……でも、さすがに最後のは盛りすぎじゃねえか? これアリナ分かってんのか?」

「さあね、知らないんじゃないか。……まったく、よくもそんなこっ恥ずかしい文言が思いつくよ。違う目的の客が増えたらどうすんだ」

 ミネルヴァが肩をすくめるとローレルも苦笑する。ポスターの下部には、流麗な字でこう記してあった。

『太陽のような笑顔であなたにお届けします』





 配達は、有那が地図とにらめっこして考えた最も効率のいいルートからまずは始めた。届け先ごとの都合の良い時間帯や、地図では分からない道路事情などは明日から加味することにする。
 世間一般の昼休憩時間が始まるまでに届け終えなくては。馬をなるべく揺らさないよう気を付けながら有那は大通りを駆ける。

 大通りなら騎乗しても通行人を蹴飛ばす心配はないが、路地では馬を引いて歩かなければいけない。安全第一、と言い聞かせながら有那は一軒一軒届け先を回る。


「こんにちはー! ウーマーイーツです! ――あ、そう、ミネルヴァさんとこの。やだー、もちろん持ってきますよ。約束しましたもん」


 ある場所では本当に馬で配達に来たのかと驚かれ。


「良かったら明日の注文も今承りますけど。明日はー。……あ、サンドイッチに魚のフライ入るから激ウマですよ」

「へえ。あんたみたいな美人が毎日届けてくれるなら続けようかな」

「やだーお上手〜。でもお触りは禁止ー。じゃ、毎度あり!」


 ある場所では懐かしい感じのおだてと共に伸びてきた不埒な手をかわし。
 注文数を間違えるなど小さなトラブルはあったがおおむね順調に配達を終え、有那は最後の配達場所へと馬首を向けた。


(最後でいいって言われたから本当に最後に来たけど――商工会?)

 今までの配達先とは違って、石造りの堅牢な建物は威圧感が半端ない。専用の馬留めに馬を繋ぐと、有那は弁当を抱えてその入口を見上げた。

「間違ってない……よね? 本当にここでいいんかな……」

 出入りする人の服装も立派で、街の食堂に昼食を依頼するようには見えない。重い扉を思いきって開けると、有那は大声で呼びかけた。

「こんにちはー! ご昼食をお届けに伺いましたー!」

「――アリナさん!」

「えっ。ユンユン!?」

 正面の階段から下りてきたのは、予想外の人物だった。制服のまま正面に立ったユンカースを有那はあんぐりと見上げる。

「えっ。えっ、なんで!?」

「今日は財務官の査察でここに同行することが分かっていたので――。食堂もないと聞いてたので、依頼させてもらいました」

「いやだって、注文ミネルヴァさんのとこじゃなくて、わざわざ協力店から――」

「その……直接頼むと、あなたもミネルヴァさんも割り引きしそうだったので……。他店なら正規の代金を払えると思って」

「…………」

 少しだけバツが悪そうにユンカースがぼそっと告げる。その顔を見て有那はじわりと胸が熱くなった。

「サプラーイズ!ってか……」

「え?」

「ううん。……嬉しい。まさかここで会うとは思わなかったから、なんか……ホッとした」

「アリナさん……」

 初日で気を張っていたのが、急に座り込みたくなるぐらい力が抜けた。実際、へなへなと膝をつくとユンカースが慌てて弁当を支える。

「大丈夫ですか!?」

「へーき。ちょっと力が抜けちゃっただけ。……ユンユン、ありがとねぇ。自分のだけじゃなく他の人の分も注文してくれて」

「いえ、一食だけ運ばせるなんて非効率ですから。それじゃ、お代です。今日はもうこれで終了ですか?」

「うん。あとは馬を返すだけ。……へへっ。ついにやったよ〜」

 やっと思い描いた一歩を踏み出すことができた。
 少し涙ぐみながら笑いかけると、ユンカースもまたぎこちなく微笑する。見つめ合って笑い合う二人の間に、階上から太い声が降ってきた。

「おーいユンカース、いちゃついてんなよー。メシ来たのか?」

「あ、はい。今持っていきます」

 名残惜しいが、それぞれ仕事に戻らなければ。
 有那は小さく手を振ってユンカースと別れると、馬のもとへと戻ってきた。その鞍に顔を押し当てて左右に悶える。

「もぉおおお〜! こんなのキュンですよ! キュン! ……はぁ、ヤバい」

 ユンカースに惹かれているのをいい加減自覚してきた。有那は両頬をパンと叩くと、邪念で手綱さばきがおろそかにならないよう気合いを入れ直した。


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